Dans un bras 〜腕の中で〜






着いた居酒屋は例の居酒屋で、とりあえず中村のおすすめのものと、ドリンクをオーダーする。
元気のない中村を放っておくことなど既に出来ない俺は、話してくれるだろうかと不安に思いながら、何があったのかと聞いてみた。

中村から発せられる話はゆっくりと、ぽつりぽつりとこぼれるように出てきた。

結婚しようと思っていた女性がいたこと。
クリスマス前に衝撃の場面を目撃したこと。それがあの日だったこと。
渡そうと思って密かにかばんに入れていた指輪を、ベットに投げつけたのだが、その指輪が年末に小包で届いたこと。
さっきのコンビニで二度と会うことがないと思ったその女性と再会したのに無かったことにされたこと…

ひどく時間を要した話に、さすがの俺も、中村に同情した。

コンビニから飛び出してきた女性がそうだったのだろう。顔は見ていない。
見ておけば良かったか、とも思ったが、別にそれほどその女性に興味を抱くわけではない。

今日だけでも酒の力を借りて、少しでも中村が楽になれれば良いと思った。
今の彼は、見ているこちらの方が居た堪れない気持ちにさせる。
佐藤部長がえらく気に入って、食事にも誘うわけだ。

「とにかく、飲みましょう」

そう言って、すすめるだけ酒をすすめた。
最初は、泣きそうになりながら、苦い顔をして飲んでいたが、
そのうち、これが本来の姿なのか、楽しそうに、笑顔を見せながら話をする。
話の内容自体は他愛も無いことなのだが、彼といるとただただ楽しいと思う自分がいた。
先日、他の取引先に教えて貰ったバーがあり、そこに場所を移そうと思って、席を立ったところで、中村がグラリと傾いた。
とっさに彼を支えれば、酔って気持ちが良いのか、俺に体を預けてくる。

店を後にし、通りに出てタクシーを拾って乗り込んで間もなく、中村が俺の肩に頭を預けて寝息を立てだした。

飲ませ過ぎてしまったか…そう思い、行き先を変更した。

スースーと寝息を立てる中村の顔が、俺の顔の横にある。
おかしいくらいに跳ね上がる心臓。初めてのデートの時でも、こんなに緊張はしなかった。
そう思うと、余計に意識をしてしまう。
中村の頭をそっと押して、シート側にもたせ掛けたところで、熱を奪われた肩が、急激に冷えていく。だが、そのままにしておく方が、自分の心臓に悪い気がした。

俺のマンションの前に止まったタクシーを降りようとした時に、漸く中村が目を覚ました。
途中で目を覚まされたら、何と言おうかとずっと考えていたが、中村が目を覚ますことはなかった。

しかし、俺の家に着いたと言えば、凄い勢いで抵抗する。
帰ります!帰らせて下さい!と呂律の回らない口で言い放つのだが、帰す気などさらさら無かった。認めたくないと思う気持ちに反比例して、帰すことなど出来はしなった。
酔った体の中村と、俺とでは力の差は歴然で、タクシーから引きずり出せば、おとなしくもなった。

触れ合った体から、俺の鼓動が伝わりはしないかと不安になる。
それでも最後の抵抗として認めるわけにはいかないと、細い細い針金ほどの気力が何とか頭を持ち上げていた。

冷静を装ってはいるが、その実余裕などこれっぽちもありはしなかった。
部屋に近づくにつれ、細い細い針金が、どんどん細くなっていく。

エレベータが6階に着き、部屋の前まで来て、ドアの鍵穴に鍵を入れたところで、
細くなって切れてしまった針金が俺の心の鍵も一緒に解いてしまった。

開いたドアに、半ば無理矢理中村を押し込んだ。
倒れてしまうだろうと思った中村の背中に腕を回し、腕の中に閉じ込めた。

玄関からリビングにつながる廊下に入った光が、俺と中村の影を映し出す。
その影が、どんどん細くなり、暗闇に飲まれていく様を見て、俺の心のうちまでも闇に包まれてしまうのかと、不安に襲われる。
認めたくないと強く思えば思うほど、背中に回した腕が強く強く腕の中の存在を求めていた。




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