Le coeur qui danse 〜 踊る心臓 〜 例えば、自分が女ならば、「中村君って、この間街中で出会って、最近気になってた人だった」と高橋にでも嬉しげに語るのだろう。 逆に中村が女ならば、それこそ何にも問題はない。 しかし、俺と中村。 どこをどう見ても、男で、確かに「構いたくなる」とか「人好きがする」と言う表現は的を射た表現ではあった。 だが、決して、女と見間違うだとか、今すぐにでも抱きたいなどと思うような容姿ではない。 ドクドクと跳ねた心臓を感じながらも、平静を装い、池田と仕事の話を詰めていく。 初めて抱いた執着は厄介なもの意外何物でもない。 時折、中村が咳をする。池田のわかりやすい説明を聞きながらも、 意識は完全に中村にいっていた。 彼の事をもっと知りたい… そう思って出した考えはごくありきたりな提案だった。 その答えに、高橋とランチに行った居酒屋を教えられる。 普段取引先と食事をするようなところに居酒屋など入っていない。 だが、自分でもびっくりするぐらい余裕が無いのか、彼といられるなら別にどこでも良かった。 体調の悪い中村を誘ったところで、良い返事など帰ってくるわけもなく、丁重に断られた。 ショックかと言えば、確かにチクリと胸を刺すものはあるが、どこかでホッとする自分もいる。 抱いた執着や感情をありのまま受け入れてはいけない。 これ以上深入りすれば、自分は確実に何かを失ってしまう… そんな恐さが見え隠れしていた。 中村と会ってから、一週間が過ぎた。 その間膨らむ感情は、どこか恋だとか、愛だとかに似ていた。 認めるわけにはいかない。 そう強く思う自分がいて、何度かかけてみようと思った携帯番号は、既に覚えてしまっていた。 もう一度会ってこの感情を確かめ、初めて会ったときは泣いていた、二回目に会ったときは風邪を引いていた。 だから気になるのだと、こんなに執着するだけなんだと、会って確かめたいだけなんだ。 うじうじと悩んでいる俺は、俺らしくない。 いつだって、余裕があって、先の事を考えて行動できたはずだ。 思い切って押した番号に、鼻声ではない中村の声が聞こえた。 やっと取り付けた約束に、心臓が踊る。 それでも、認めるわけにはいかない。 自分も男で、中村も男なのだ。 受け入れてもらえるような感情ではない。 だから、それすらも自分が認めるわけにはいかないのだ。 確かめるだけだ。そう自分に言い聞かせた。 残りの仕事を何とか片付け、指定したコンビニへと急ぐ。 間に合わない…知らず知らずのうちに走っていた。 辿りついたコンビニに入ろうとしたところで、中から凄い勢いで飛び出してきた女性とぶつかりそうになるのを、何とか避け、 店の中に駆け込んだところで中村を探すが、彼は雑誌コーナーの前で、呆然と突っ立ていた。 整わない息のまま、 「呼び出したのに、遅れてしまった、すまない」 そう言った自分に、 「いえ」 と消え入りそうな声で言って、俯いた中村の様子に、初めて会ったときの事を思い出した。 あの日もそんな顔をしていたな… そう思うと同時に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る… 認めたくない、認めるわけにはいかない、強く自分の感情を否定した。 だが、今の彼を放っておくことなど、今の俺には出来そうになかった… [*前] | [次#] ≪戻る≫ |