Malice de Père Noël 〜 サンタのいたずら 〜





「佐藤部長に教えて貰った安くておいしいお店に行くんですけど、高元部長代理も一緒にいかがですか?」


朝から挨拶に来る取引先の面々に応対し、やっと解放されたところで、午後の予定を確認した。
少し早いが今食事をしておかなければいつ食べられることか、と昼に出かけるために外に出ようとしたエレベータホールで、
俺より3歳下の女性社員の高橋にそう声を掛けられた。

街路樹にはまばらにしか葉が残っていない。帰る頃には金色の花を咲かせ、キラキラと輝いているのだが、昼間は寂しいものである。
大通りに面した道を歩きながら高橋と仕事の話をしていた。
時折枯れて茶色くなった葉を踏んでいるのか、足元からカサっと渇いた葉が潰れる音がする。
寒さで少しだけ早くなる足を動かしながら、コンビニのある道を右へと入っていく。

そこから少し行ったところにその店はあり、確かに雰囲気も良く、夜は居酒屋で、創作料理の店なのだそうだ。
休みの間に一度佐藤の見舞いに行った。回復に向かっているようで、顔色も幾分か良くなっていた。
と俺が話すと、

「今日は午後から、高木商事の中村君が来るって言ってましたよね」

と高橋が言う。

「中村?池田じゃなかったか?」
「あ!勿論、池田君も来ますよ。
中村君って言うのは、池田君の前にうちの担当だったんですよ。私より1つ下かな?
佐藤部長がすごく可愛がっていらっしゃたから」
「へぇ」
「わざわざお昼の時間に来させて、一緒にランチに行ったり、夜に食事に行ったり、彼と会うのが楽しみだったみたいです」
「すごい可愛がりようだな」
「そうなんですよ!なんて言うか、仕事がすごく出来るわけではないけど、
構いたくなるっていうか、人好きがするって言うか……」

高橋の話を聞きながら、いったいどんな奴なのかと楽しみになった。
佐藤おすすめの店だけに、出された料理も確かにうまい。
午後からの仕事を思うと少し憂鬱になっていたが、高橋から得た情報で、少し気が軽くなったような気がした。
来たときと同様、寒空の下を歩いて、高橋と一緒に社に戻る。
通りの反対側にある薬局が視線の端に入り込み、ドクリと心臓が血液を送り出す。
最近、あの薬局を見るたびに、心臓が跳ねるように血液を送り出していた。


落ち着かせるために食後のコーヒーを持ち、デスクで高木商事との資料を見返していると、
受付からの内線で、中村と池田が来たと報告を受けた。

目を通していた資料を整え、応接室へと向かう。

ノックをしようとしたところで、中で誰かが咳き込んでいるのが聞こえた。

風邪か…

正直、今は風邪を引いている場合ではない。寝込んでしまう訳にはいかない。
移されたら困るなと思いながらも、それを回避する術はない。

軽くノックをし、ドアノブをひねり、中に入ったところで、俺の思考は一瞬にして止まってしまった。

たった一度しか会っていないが、それでも忘れることができなかった男が一瞬立ち上がろうとした。
しかし、目が合った途端、椅子からずり落ちたと思ったら、激しく咳き込んだ。
会いたいと強く願った自分の幻覚なのだろうか…

一瞬出来た間の後、

「大丈夫ですか?」


と彼に駆け寄り、腕を持って立たせたあと、ズボンについた埃を払う。
体が、勝手に動いていた。
椅子からズリ落ちたからなのか、咳き込んだからなのか、彼の顔は赤くなっていた。

「す、すみま、せん。ありがと、うござい、ます」

初めて聞いた彼の声は、鼻声で、風邪を引いたのがすぐにわかった。

「やっぱり、風邪、引かれたんですね」

やっぱりとつけたことで、俺を思い出してくれただろうか?
それに、この反応は、覚えていたと取って良いのだろうか…

いつになく忙しなく動く心臓を感じながら、また会えたという嬉しさを隠すために貼り付けた笑顔は、
どこか含みを持っていたかもしれない。

サンタがくれた贈り物なのか…と思うと、砂漠の中に1滴のしずくが落ち、
波紋のように広がっていく潤いを感じていた。



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