Soif 〜 渇き 〜






怒涛のように年始を迎えた。
とにかく急だった異動に、引越し。
1人しかいないのだから当たり前だが、すべて1人でこなさなければならない。
会社に行けば会社に行ったで、挨拶回りに、引継ぎ。
家にいたら家にいたで、引越しの片付け。
両方の地を行ったり来たりしながらの年末は、とにかく忙しかった。
師も走るから師走とは言うが、正直、そんな趣のあるものではなかった。

26日が仕事納めといった世の中の動きから遅れ、30日になって、漸く休みを取ることができた。

いつもなら起きていた時間だった。
疲れた体を呼び起こしたのは、引っ越しして間もない部屋の聞きなれないインターホンの音だった。

続けざまに何回か鳴った後に、覚醒していない頭のまま応答すれば、

「高元さんのお宅ですか?〇×運送の者ですが、荷物をお届けに上がりました!」

とやたらとハイテンションな声が部屋に響いた。

ふらふらとする足取りで玄関に向かい応対し、受け取った荷物は、全部で5箱。

「高元 聡」

自分の手で書かれた自分宛の荷物。

自分宛に送る荷物ほど、寂しいものはない。
入っているものを知っているのだから、開ける楽しみもなければ、誰かの込めた思いなんてものもない。

目を覚まそうと、歯を磨き、顔を洗う。
一気に覚醒した顔をタオルで拭きながら鏡を見れば、30代を2年過ぎた自分の顔があった。

箱の中身を出し、淡々と片付けていく。
異動が多いのだからと極力増やさなかった荷物。それでも、5箱。それなりに量もある。
途中、コーヒーを飲むために休憩を入れながらの作業。
出てきた本やCDを物色しながらやっていれば、
気がついた時には、何も食べずに日が暮れていた。

ふと、空腹感に襲われる。
ここのところ食べるという行為は、取引先の誰かか会社の誰かとで、昼には昼で、夜には夜で家で食べる事などなかった。
たまには自分で作るかと思い、冷蔵庫を開け、中身を確認したところで、食材など入っているわけもなく、ミネラルウォーターとビールしかなかった。

買い物にでも行くか、と服を着替え、コートを羽織って外へと出た。

マンションのエントランスを出て、近所のスーパーへと歩く。
夕食時なだけに行き交う人々は、家族連れが多かった。
結局、作るのは面倒だと、惣菜を何点か買って、スーパーの自動ドアを出た。
あの日、病院から出てきた時と同様に、熱を奪うような風に頬を撫でられ、思わず目をつぶった拍子に、男の顔が浮かぶ。

彼は今、どうしているだろうか…

ふと、そんなことを思うと同時に、そんなことを思う自分に驚いた。
今まで、特に何かに執着した覚えはない。
彼と会ったのはもう一週間も前なのだ。しかも、交わした言葉もなければ、名前も住所も知らない…
それでも、会えるのであれば、また会いたいと強く思う。

見上げた空に、薄く張った雲の間から白く光る星が見える。
もう会えないと思う心が、時折強く吹き付ける冬の風と同じように湿気を伴わない感情が渇いていくのを感じていた…





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