時計台の鐘が鳴る 7





クラスのみんなの視線が腫れ物に触るようであったり、興味津々といったもので居心地が悪い。
休み時間にひそひそと聞こえる声に「内山も見た目、女みたいだもんな」と言う声が聞こえて、関係ないじゃないか……と心の中で反論したりもした。

竹波は休み時間ごとに情報を集めているようで、一番に教室に来たやつの証言によると、来たときにはもう貼られていたらしい。
黒板を消して、写真を剥がそうか?と思っているところに次のクラスメイトが来て、なかったことにしてしまっても良いけど、本人がそれを知らないままに過ごすというのもなんだか複雑な気がする。と、話し合っているところにまた別のクラスメイトが来て、話し合っているところにまたまた別のクラスメイトが来て……の繰り返しをしている間に、優が来てしまった。そんな感じだったらしい。
幸い竹波によってホームルームが始まる前にすべてを消去してしまったので、担任がその事実を知ることはなかった。
もし知られていたら……きっといじめだとか何だとか言って、大騒ぎになったことだろう。


誰が、何のためにあんなことをしたのか……
自分の知らない間に、誰かを傷つけたりしていて、それの復讐なのだろうか?
恨みを買うような何かをしてしまっているのだろうか?
それとも、単に面白いネタだと思ったから、みんなに公表してしまえ!
そんなノリでしたことなのだろうか?
クラスの連中の中にその人物がいるのかもしれないし、他のクラスの、他の学年の誰かかもしれない……
そう思うと、単に教室移動をしているだけなのに、廊下ですれ違う人みんなが敵のように思えて気持ち悪くなった。
考えたってわかることはないのに、考えてしまう。
そして何より……父親が本当に以前オカマだっただろうか?
本人に直接聞けばわかることだ。
だけど、そうだった……と言われたら、自分はこの先、父親とどう接していけば良いのかわからない。

言葉尻は優しいし、時々、ん?と思う言葉使いをするときがある。
化粧品や母親の着る物にもかなりの執着を見せる。
貼られていた画像も、父親によく似ていた。
よく見て確かめようと思ったのに、竹波がビリビリに破いて捨ててしまって、確かめようがないのだが……
優の大好きなこのはにしたって、男性でありながら女性のように物腰が柔らかく、商店街でスナックをしているキャサリンも、実は男だと聞いたことがある。
その二人と異常に仲が良く、長い付き合いがあって、忙しいときなどには面倒を見てもらった記憶がある。
そして……先日の母親の発言。「昔は綺麗だった……かな?」と言う言葉……

ある意味であり過ぎるのだ。
オカマだと言われても、「あ、そう」と認めてしまうようなところが父親にはありすぎる。
そんなことばかりを考えていたから、授業の内容なんてこれっぽっちも耳に入ってこなかった。
ノートだけは、しっかりと取っているのだが……

「優、武志さん、オカマだったって?」

昼休みに、竹波が集めてくれた話を聞いているところに宏がニヤニヤしながらやってきた。
隣のクラスにまで流れた情報の早さに辟易する。
『人の口に戸は立てられない』とはよく言ったものだ……

「……やめてくれよ」

「そうだぞー宏」

隣の席が空いているから、何の断りもなくそこに座りながら、宏が「だって、あり得ねぇだろ?」と言った。
その動作を優は目で追っていたから、一瞬言われた言葉の意味がわからなかった。

「あり得ない?」

「だって、よく考えてみろ?185cmだぞ?あんなにデカイオカマ、誰が相手にするんだよ」

「いや、でも笑いを取るって意味ではありかもしれない……」

何でオカマが笑いを取らなきゃいけない……あっ、そういうお店にいたら、そういう役割もいるのかな?と竹波の言葉に考えていたら、「小学校んときみたいのは勘弁だぞ」と宏に釘を刺された。

「ぐっ……」

「小学校んときって?」

「ほら……優って見た目こうだろ?」

立てた親指で指されながら言われて、一気に怒りが湧き上がった。

「こうってなんだよ!立派に男じゃんか!」

「え?優、立派に男に見えると思ってたの?」

「思ってるよっ!」

ははははと二人に笑われて、面白くなくてほっぺを膨らませて横を向く。実はそんな仕草が男には見えないというのは知らないのだが、優は心の中で、思っていた。
そんなことは自分が一番良くわかってる。
未だに道行くおじいちゃんやおばあちゃんから『お嬢ちゃん』と言われることもある。
笑い声がやんで、竹波が「で、何よ?」と言う言葉に宏が説明しているのをぼんやりと聞きながら、優はどんよりと暗く、今にも雨が降り出しそうな空を見ていた。

「小学校んときの優、覚えてるだろ?」

「うん」

「ちっこくて、白くて、髪はサラサラで、腕とか足とかとにかく細くて」

「うんうん。俺、転校してきて可愛いなぁって思ってて男だって聞いたとき、本気でショック受けたもんなぁ」

「はは。んで、ある一部の奴らが『男女』とかっていじめてたわけよ」

「うんうん」

「それで……俺はいっつもこいつと一緒にいるだろ?」

「うん」

「だから……結婚しちゃえーとか、お前らデキてんだろー?とかって巻き添えを食ったってわけ」

「ああ、なるほど」

「まぁ、そういうのって本気で相手にすると余計調子に乗って、エスカレートするから……」

ぼんやりとだが聞いていた優が、切れた言葉が気になって向き直ると、

「相手にすんな」

真剣な顔の宏に言われた。

「し……ないよっ!」

あんまりにも真剣な顔で言われたから、一瞬言葉が出てこなかった。
その顔が、大人みたいだったから、悔しいけれどドキリとした。



結局、誰がどんな目的であんなことをしたのかはわからないけれど、相手にしないことが一番だろうということで決着がついた。
父親に聞いてみようか?と言う優の呟きに、「俺がお前の父親だったら、聞いてもらいたくない」と宏に言われ、お前はいつ俺の父親になったんだ?と変なところに突っ込んでしまい、そこで竹波が「宏が父親だったら、俺、母親になる!」と意味不明な発言をしたことから、まったく関係のない話題になってしまい、収集のつかないままに昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。

「何かあったら、一応、俺にも言えよ!」

そう残して、宏は教室に帰っていった。





6時間目の歴史の授業を受けているとき、とうとう雨が降り出した。
ぽつんぽつんと窓ガラスに当たって雨粒が弾けたな…と思っていると、一気にザーっと音を立てて降り始める。
歴史担当の先生は定年間近のおじいちゃん先生で、ぼそぼそと話すから、そうじゃなくても聞き取り憎いのに、その雨音にかき消され、余計に聞き取りづらかった。

「優、傘、持ってきた?」

聴力検査か?と思うほどの歴史の授業がやっと終わり、帰り支度を始めているところに竹波がやってきた。

「ううん。でもロッカーに置き傘があるから」

「そっか。俺、今日部活の初顔合わせでさぁ」

「美術部?」

「はは、違う。放送部」

「うん。宏も今日から部活だって」

「そっか。じゃあ、明日な!」

「うん」

教室を後にする竹波の背中を見送っていると、「あっ!」と言ってくるりと振り返る。

「何?」

「いや……念のため、気をつけろよ!」

「あ、うん」

「じゃあな」

語尾に星のマークが飛んでいそうな言い方と昭和の何かのヒーローのように、顔の横に指を2本揃えて、軽く振りながらウインクを寄こす竹波の姿に、一頻り笑ってから、鞄を持って廊下に出る。
帰宅する生徒や、これから部活に向かう生徒、掃除当番の生徒で廊下はがやがやと賑やかだった。
雨が降って湿度が濃くなった分、その声も何となく大きく聞こえる。
クラスメイトや、小学校の時の顔見知りなど声を掛けられ、「バイバイ」などと声を掛けながら、ロッカーを開け、置き傘を手に取る。
なんて事は無いただの黒い折り畳み傘だ。
降っている雨の量を凌ぐには、少し小さい代物ではあるけれど、濡れて帰る事を思えば、断然役に立つものである。
それを掴んで下駄箱に向かう。
途中すれ違う人たちの中に、宏のようにからかって来る者もいたけれど、相手にするなと言った宏の忠告をきちんと聞いて、愛想笑いを浮かべてやり過ごした。
そして、下駄箱に着き、靴を履き替えようとしたところで異変に気づく。

「なんで……」

取り出したスニーカーは、びちょびちょに濡れていた。
雨が降り出した6時間目に外で体育なら優も納得が出来た。
だけど、6時間目は、聴力検査の歴史の授業だったのだ。
靴が濡れることなんてあり得ない。
どうしようか?と悩んでいるところに、クラスメイトの男子がやってきて「どうした?」と聞いてきた。
朝のこともあるから、これ以上悪目立ちはしたくない……
そう思った優は、「何でもないよ」と言って、その靴を無理矢理に履いた。
ぬちゃり……とした冷たい水の感触に一瞬体が強張った。
その瞬間、クスリと笑う声が聞こえた気がして、きょろきょろと辺りを見回すけれど、あまりにも人の出入りの激しい時間で、どこでそんな声がしたのかがわからなかった。
いや……被害妄想で、誰かが笑ったように思ったのかもしれない……
無理矢理にそう思うことにして、下駄箱から歩いて出口に向かう。
天気予報で言っていたこともあって、出口は傘を開く生徒でちょっとした混雑が起きていた。
気持ちの悪い足元を気遣いながら、それでも何となく出来た順番を待ち、優も傘を差そうとして折り畳み傘を広げた瞬間。真っ黒のはずの折り畳み傘は、水玉模様になって、所々向こうが見える。

「えっ……」

恥ずかしさが一気に押し寄せてきて、急いで傘を畳んで出口の隅に逃げる。
そこで、周りの人に見られないようにもう一度ゆっくりと開いてみる。
さっきのは嘘だ!ちゃんとした傘だって!
心の中で願ったことは、叶えられることなく、やっぱり水玉模様で地面が見える。

何で?どうして?

軽いパニックを起こした優は、備え付けの傘立てに向かった。
濡れた靴がびちゃりびちゃりと音を立てる。
だけど、そんなことを気にしてはいられなかった。
誰かがビニール傘でも置いていないか?と思ったけれど、盗まれることで有名な傘立てに傘を置くような人もおらず、あるのは骨が折れたり、カバーが露先から外れているものばかりだった。

どうしよう……

宏か竹波の部活が終わるのを待っていようか?だけど、どこで?靴下はびしょぬれで、上靴を履くのは嫌だ。
靴下を脱いで、裸足で上靴を履く?それで図書館で待ってようか?でも何時に終わるのかもわからない。
どうしよう……どうしよう……どうしよう……
雨さえやんでくれれば……

そう思って、また出口に向かう。だけど、一向に雨脚は治まる気配がなかった。
先ほどよりは少し人数が減ったのか、見通しが幾分良くなった前方に、色とりどりの傘が見える。
たったそれだけのことが羨ましく見えた。

コンビにまで走って行って、ビニール傘を買おうか……

ザーザーと降る雨を見上げながら、そんなことを思っていると、後ろからドンと誰かがぶつかってきた。

えっ……

思っている間に、体が前方に倒れる。
その拍子にビタンッ!と飛沫が跳ね上がり、一瞬の空白の時間の後、気づくと優は、水溜りの中にいた。
目の前には、茶色い泥水。
倒れた拍子に跳ねた泥が、顔や頭に飛び散って、制服は見なくてもわかるくらいに泥まみれなのだろう。

「大丈夫?」

後ろから掛けられる声に、「は、はい」となんとか答えることが出来た。
そして、やっぱり誰かがクスクスと笑っている声が聞こえる。

わざと……わざと、誰かがぶつかってきたんだ……

無様に転んだ姿のまま、ザーザーと降る雨を背中全体に受けながら、優はしばらく動くことが出来なかった。








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