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何か心地の良いものに包まれているような感覚で、気持ちが良くて、体中がギシギシと音を立てているのに、脳が覚醒する事を阻んでいた。
それでも目をうっすらと開けてしまえば、夢の中から引きずり出されて、その覚醒しきっていない頭でわかったことは、黒田に頼まれた原稿を作成し終わったところで、力尽きて眠ってしまったらしい、という事。

開けた目に入ってくるのは、優しい朝の春の日差し。
帰って、シャワーでも浴びよう。
そう思い立ち上がって伸びをしようと腕を上げたところで……右手から人の腕が落ちた!

「うわっ!」

大して大きくはないのだが、静かなフロアにその声は響き、びっくりした体は一歩後ずさる。
と同時に、床に見慣れない上着が落ちる。

机の上に落ちた腕を辿って、その持ち主を見てみると……

普段とは違うラフな格好をした……山本だった。

右隣の飯田の席の椅子を持ってきて、並ぶように机に突っ伏して寝てしまっているらしい。
落ちた上着を拾いながら、

何で?

思ったところで、答えを知る人物は夢の中。

起こしてしまうと後が面倒だ。と思い、その上着をそっと山本の背中に掛ける。
近寄ったそのとき、スースーという微かな寝息が聞こえてきた。
フロアには一応暖房はつけているが、春先だとは言ってもまだまだ寒い。

寒くはなかったのだろうか?
風邪など引いてないだろうか?

いやいや、引かれると面倒そうだから……

と心の中で他に誰もいないのに言い訳を言ってしまう。

それは……大きくて逞しい背中をしているのに、寝ている顔がまだ幼いからだ。
十歳も年下。
いつもは整った顔だけに、年齢よりも年上に見られるだろう。

俺を見てくださいよ……

そう言った口も少しだけ開いて、そこから寝息が漏れている。

あの唇が、自分のうなじに……

思ったところで、急に体温が上がり、急いで項を押さえる。

真っ赤になった顔が、誰も居ないのに恥ずかしくて、トイレに行って、早々に帰ろうと行動しかけたとき、眉間に皺を寄せ、黒く綺麗な目を覗かせた。

「……ん」

鼻から抜けるような吐息に色気を感じたことには蓋をしてしまおう。

「……あれ……寝ちゃったのか……あ……坂田さん!」

目をこすりながら言う山本は、子供のようだったのに、俺をその目に映した瞬間、溢れるような大人びた笑みを漏らす。

「何で、お前がここにいるんだ?」

赤い顔を悟られたくなくて、怒ったことにしようと、怒気を含んだ声で言えば、

「おはようございます!一緒に朝を迎えてしまいましたね!」

「一緒に、朝を……なんてことを言うんだっ!」

「朝から元気ですね……。そうだ!せっかくだから、コーヒー淹れましょうか?」

とか、まったく朝を迎えてしまったようなことを言う。

「いい、いらない。帰る!」

「え?ま、待って下さいよ。コーヒーくらい付き合って下さいよ。インスタントですけど」

帰ろうとした腕を取られてしまえば、振り払って帰ることなど出来なかった。

立ち上がった山本の肩から上着が床に落ちる。

「あれ?ひょっとして、掛けてくれたんですか?」

「……うん、まぁ。それより、なんでお前がここにいるんだよ?」

「ありがとうございます。俺んち、すぐそこで。それで、寝ようと思ったら四階に電気が点いてて、坂田さんいるかな?って来てみたら、寝てたんで……」
上着を拾い上げ腕を通し、コーヒーを淹れに行くのか給湯室の方へと向かいながら、そんな事を言う。
それに連られるようにしてついて行きながら、

「何で俺だって思うんだよ?」

「この時期、住宅くらいしか残る部署ないでしょ?だから、きっと坂田さんだって思って」

着いた給湯室で棚の中から自分のカップと俺のカップを出し、その中にインスタントコーヒーの粉を入れる。
常時点けっ放しにしているポットから湯を入れ、スプーンでかき混ぜてから、俺のカップを手渡す。

「はい」

「ありがと」

インスタントでも、それなりに香ばしいコーヒーの香りはする。
その香りに包まれたまま、しばし、二人で給湯室で立ったままコーヒーを飲んでいると、

「……何か夢みたいです」

碌なことを言わなそうだなと思ったけれど、

「何が?」

「坂田さんと、こうやって目覚めのコーヒーが飲めるなんて…寝顔も可愛かったし……」

どこかうっとりとしながら言う。

「誤解を生むような言い方をするな!」

「だって、本当の事じゃないですか!俺たちは一緒に朝を迎えて、こうやって目覚めのコーヒーを飲んでるんですから」

「そうだけど!言い方ってやつがあるだろ?」

「そう、怒らないで下さいよ。俺は喜んでるんですから」

にこにことした笑顔で言われれば、これ以上何を言っても碌な返答をされそうにないから、ふいっと給湯室に取り付けられた窓から外に視線を向けた。

暖かそうな優しい春の日差し。
どこかに出掛けたら、気持ち良さそうな天気の良い日曜日。
時間がまだ早いからか、外に人の姿はない。

「どこかに出掛けたら、気持ち良さそうですね……」

山本も外を見ていたのか、俺が思っていたのと同じような事を言う。

「坂田さん!」

急に大きな声で名前を呼ばれ、びっくりしてそちらに向き直れば、

「二人で、デートをしましょう!」

「は?」

「俺、今日予定ないし、天気良いし。そんなに遅くまでは引っ張らないんで、ね?」

「嫌だ!」

即答すれば、

「どうして?」

そう言われることを予想していたように聞き返してくる。

「風呂入りたいし、眠いし。何だよ、デートって…」

その言葉に少し考えるような仕草をする。

「それなら…風呂は家で入って、寝るのは車出すんで、移動中に寝てください」

それから、散々嫌だ!嫌だ!と言ったにも関わらず、山本はまったく引く気がない。
だから、ついつい、

「そんなに行きたいんなら、この間の合コンで一緒に帰った子を誘えば良いじゃないか!」

言ってしまった……。
何か…女々しい。言った後の後悔も凄まじい……。
これじゃあ、彼氏の浮気を発見してしまった女の子のようだ…。

「……何でそれを坂田さんが……?あ!黒田さんでしょう?!」

「誰だって良いだろう?だからその子と、」

「何で?俺は、坂田さんと行きたいんです。好きだから」

遮るようにきっぱりと言い放つ言葉に、悲しい事にこれ以上断る口実も浮かんで来ない。
あーとかうーとか言っている間に腕を取られ、そのまま、俺は引きずられるようにして、山本のマンションまで連れて行かれる事になってしまった……。







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