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俺を見てくださいよ……

その言葉の通りにここ数日の山本を見ていれば、ブライダルの女性鬼編集長の木崎さんも一目置いているらしく、中々の仕事っぷりだった。
入社した頃、木崎さんに「あら、坂田くんだっけ?綺麗な顔してるわね。うちに来ない?」と声をかけられたことを思い出した。

「私たちは女性の憧れや夢を膨らませる情報を扱ってるのよ。だからこそ、部署も綺麗どころで揃えておきたいの。こんなかわいい結婚式がしたいわぁって思ったのに、扱ってる営業にしろ編集が目を背けるような人じゃいけないと思わない?その点、坂田くんなら何一つ問題ないわ〜!どう?」

なんて言われたけれど、建築物が好きな自分としては「結婚式」というもの自体に興味がなかったし、たまたまその場にいた住宅情報課の編集長の大熊が、

「おいおい!困るぞ!坂田は建築に詳しいっていうから採用したようなもんだ。
横から来てかっさらって行くなよ」

そう言ってくれたお陰でブライダルに行かなくて良かったんだよな……

確かに、会社の中でも綺麗どころが集まるブライダル課。
その中にいても、山本はちっとも見劣りしなかった……
いや、寧ろ、率先して輝きを放つタイプのよう。
今まで興味がないからまったく気づかなかった……

その山本が自分を好きだという。
諦めるのかと思えば、やっぱり諦められないと言い出し、友達からって言うのを了承したものの、よくよく考えればおかしな話だ。
それは女性に言う言葉であって、間違っても男の俺に言うような言葉じゃないだろ……
しかも、この歳で友達って……

笑っちゃうよなぁ〜

と思ってるところで、

「相変わらず、薄い尻だなぁ〜」

黒田が尻を撫でながら言う。ぞわっと寒気がして、

「どこ触ってんだよ!!!」

蹴りを一発お見舞いすれば、

「いってぇー!!!何も蹴らなくたって…」

目を皿のようにしてこちらを睨む。

「自業自得だろ」

どのフロアにも備え付けられた給湯室で、目を休める意味でコーヒーを淹れているところだった。
インスタントだけど……

「あきほちゃん、週末の〆切終わったら時間あるか?」

「あるわけないだろ……お前が無理ばっかり言うから、俺は休日も返上だ!」

「そうだよな……合コンのセッティング頼まれたんだけど、バイトの子たちもさすがに疲れてるからって誘いに乗ってくれないの。誰かいない?この際誰でもいいんだけど……」

そこで閃いた!

「じゃ、じゃあ、ブライダルの山本は?」

「だめだめ!あいつ来たら皆かっさらって行っちゃうよ。
前に一回誘ったら、女の子全員あいつに夢中だったんだから……」

「やっぱり、そうか……」

小声で言った俺の言葉をさえぎるようにして、

「おっと!やべっ!4時から営業会議だったんだ。じゃあな」

そう言って、五階にある会議室へと続く階段の方へと黒田は向かって行った。


それから、週が明けるまで、〆切に追われ、休日も返上してただひたすらに原稿を作成していく。
山本の方も特に目立ったミスなどもしていなかった。
忙しさに時間だけが追われるように過ぎてたから、山本とも直接的な接触もあの日以来していなかった。

電話番号もメールアドレスも教えているのに、山本からは連絡があったのは次の日に山本が帰社したときに、「まだ仕事ですか?無理しないで下さいね」といったものがたった一度だけだった。
忙しいのだろう。
この時期はブライダルの方も、「ジューンブライド」に向けて特集を組んだり、読者の結婚式の取材に出かけたり、原稿の差し替えが入ったりとバタバタしてたもんな。
って別に連絡が来ないって事を気にしているわけじゃない。
ただ、仕事も出来る奴が、気になってる…ましてや好きだと言った相手を放置してるっていうのが、何となく「手」のような気がして、その手にかかってたまるか!とこちらからは何一つ連絡をしないと決め込んだ。



昼休みにたまたま帰って来た黒田が、一緒に食おうと弁当を買って来てくれた。
多分……週末に無理矢理ねじ込んだデザインページのお詫びだろうと思ったから、断ることもせず、当たり前だ!と言い放って、まだ冷たい風の吹く屋上のベンチで並んで食っていた。

「あ、結局あの合コン、山本誘ったんだけど…思ったとおりだったわ……」

苦いものでも噛み潰したような顔で言う。

「はは、そっか」

笑って答えれば、

「笑い事じゃないって。友達からは散々言われるし、女の子からは連絡先教えろってうるさいし……。もう、二度と山本なんか誘わねぇ」

「この弁当、うまいな」

話を変えようと思い、言葉を発してみたけれど、

「だっろー!取引先の事務員さんに聞いたんだ。わざわざ並んで買ったんだぜ。うまいだろ?で、合コンだけど……」

元に戻されてしまった……

「山本、気に入った子がいたみたいで、その子を送って行くって言って、
途中から帰ってくれたんだよ。結果、残った俺達はホッとした……と思ったんだけど、女の子からすれば、山本見た後だろ?俺らは残ったカスも同然って感じで……結局、男ばっかでその後反省会だったんだよ。現実って厳しいよなぁ。な?」

同意を求められても……

「お!この卵焼き、うっめなぁ!」

卵焼きに齧りつき、頬を緩めて頬張る黒田を見ながら、
何かが胸の中で冷めていく感覚を味わっていた。

良かったじゃん、山本。
不毛な恋に悩まずに済むんだよ。お前も……俺も……。

気をつけて張っていた訳じゃないけれど、一気に力がぬけた気がして、黒田の買って来てくれたうまい弁当に箸をつける。

黒田がうまいうまいと言って食べた卵焼きは、うまいはずなのにまったく味がしなかった―……


あれから、フロアに戻り、黒田は俺が休日を返上して作った原稿を持って、取引先へと出かけて行った。

そして、自分の席に着き黙々と原稿を進める。
冷えた感覚は未だに胸の中に広がって、早く一人になりたいと思っていた。
そのお陰か、いつもでは考えられない夜の九時には予定していた作業がすべて終わり、久々に早めに家に帰れる。
コートを着込み、鞄を手にする。
そして、何の気なしに、ここ最近見るようになっていたホワイドボードに目をやった。

「山本:直帰」

そう書かれた文字を見て、何で俺が山本の事を気にしなきゃならないんだ!と腹が立った。
その勢いに任せて、駐車場に行き、車のドアを乱暴に閉めて、急発進する。

何で俺が山本の事を気にしなきゃならない?
さっき見たのは最近見てたから、癖になってるだけだ。

携帯を開けてメールが来ていないかと気にしたり、着信がないかと気にしたりしてるのは、山本がどうとかそういう事じゃない!

気に入った女の子が出来たんだ。それで良いじゃないか!
それが自然で、俺に対しての感情なんて何か一時の間違いだったんだ……。

ほら、俺ももう悩まなくて済む。振り回されなくて済む。
シーズンが終われば、俺だって黒田と一緒に合コンに行って、かわいい彼女を見つけるんだ!
それで、結婚式とかしちゃって、ブライダルの出してる「ウェディング・ベル」って本に載せてもらうんだ!
それで良い……いや、それが良いんだ!

何故こんなに自分が腹を立てているのか、何故こんなに胸の中が冷たくなっていくのか……

そんなことは考えないようにして、暗い自分の部屋に帰ってくるなり、シャワーを浴び、濡れたままの頭でベッドに倒れこみ、疲れた体の反応に任せて、そのまま眠りに着くことが、今の自分に取って最善の道だと思い込もうとした。
だけど、閉じた瞼の裏には、山本の黒くて綺麗な目が、ちらちらとちらついて、寝入ったのは結局、日付が変わる頃になってしまっていた。







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