In the Dark 2 食べ終わって、支払いを済ませ、車に乗り込む。 「ちょっと時間が掛かるかもしれませんけど……」 そう言って、エンジンをかける。 俺がシートベルトを装着したのを確認してからゆっくりと車が動き出す。 いつもはさっきの台詞を言われると、悪いだなんて思うことなく眠りに着いて、到着したら起こしてもらうというのが常だった。 けれど、今日は、忠告通りに飲みすぎていない上に、昼寝までした。 眠気なんてものが訪れることは皆無に近く、逆にらんらんと輝かんばかりで、助手席の役割をきちんと果たそうと思っていた。 「どこ行くんだよ?」 「秘密ですって……何で今日に限って起きてるんですか?」 「昼寝したから……」 「へぇ、てっきり掃除でもしてるのかと思ってましたよ」 まったく当たっていて、多分、山本もわかっているけれど、その通りに言うのが癪だった。 なんせ、数々のタワーが倒れて前以上に酷い状態になってしまったのだから…… 「あ!それより、今日取材だったんだろ?どんな式だったんだ?」 「……珍しい。いつもはこっちが話しても興味すら持たないのに……」 「いいだろ!教えろよ」 「ははは……今日のお式はですねぇ、レストランウエディングで……」 うちの会社の一階には、ウェディングカウンターがある。 そのカウンターは、読者が希望した結婚式をしてくれそうな企画会社を、掲載してくれている企画会社やウェディングプランナーの中から紹介するのが目的で、時々山本もカウンターに入っている。 今日、挙式だったその読者もカウンターを訪れた二人で、たまたま空きがあってカウンターに入っていた山本が紹介したプランだったようだ。 お金がなく、若い二人だったようで、新婦もどこか結婚に夢見ているところがあり、新郎に至ってはまったく興味すら持っていなかったらしい。 それが、手作り感を全面に出し、企画会社の担当も必死になって考え、経費を浮かせるため、二人で招待状を作ったりしているうちに徐々に熱を帯び、結婚への実感も沸き、最後には新郎が泣きながら「幸せになります!」と言ったらしい。 「良い式でした」 言って、少し照れたのか笑顔になる。 その横顔に、少しだけ見蕩れた。 わかっているのだろうか…… その話をしている山本の顔も横顔だけど、すごく良い顔をしていることを。 対向車が通るたび、目がキラキラと光っている。 俺が一人、くしゃくしゃしながら部屋の掃除をしている間、そんな式に出て、感動して、また一つ素敵な思い出が出来て……それが、少しだけ、悔しいけど、ほんの少しだけ羨ましかった。 車は、人気のない国道を走っていた。 日曜日の夜8時過ぎ。 明日の仕事の事を考え、世の中の人々は出歩くことを控え、家路に着く時間帯。 思った以上にスムーズに走る車。 対向車もまばらで、本当にどこに行くのか疑問に思えてくる。 「なぁ……どこ行くんだよ?」 「もう少しですって」 何となく街灯の灯りも乏しくなって、心細くさえ思えてくるような道。 どんどん山の中に入っていくような気配に、ちょっとおどろおどろしい雰囲気までしてくる。 「……肝試し、とか?」 「さあ、どうでしょう。坂田さん、そういうの苦手ですか?」 「ば、ばか言うなよ!そんな訳ないだろ……」 本当は苦手だ。 幽霊とか亡霊とか……そういう類の話は、勘弁して欲しい。 前に会社で……し、た時も、山本とあんなこととか、したから、怖がってる暇はなかったけれど。 「なぁ、本当にどこに」 行くんだよ?と続けようとした言葉が止まってしまった。 だって……右に大きく曲がった拍子、ズラズラと並ぶ墓地が見えたから。 「ちょっ!ちょっと待て!本当にどこに行くんだよ〜」 涙まで流さんばかりの勢いで叫ぶと、運転席からケラケラと笑う声が響く。 「大丈夫ですって。坂田さんが嫌がることなんてしませんから。それに、もう少しで着きますから」 「……本当だろうな?」 「信用がないんですかね?本当にすぐですって」 前方は既に真っ暗な山道で、街灯一つなく、対向車が来たら交わせないほど細い道。 山に向かって上っていくその道は、舗装が悪いのか、ぐらぐらと車体が傾く。 怖くなって、シートベルトをぎゅっと握り締める手に汗が滲む。 そっと窓の外を見ると、下は田んぼの畦のようで、水を張った水田が、月の灯りを受けてキラキラと光っていた。 その幻想的な景色に、一瞬怖さも忘れて呆けてしまっていると、「着きました」と言って、山本が車を止める。 そして、車のライトを消した瞬間…… 「……きれい」 「でしょ?」 ほわんほわんと光の粒が宙を舞っている。 いくつもいくつも舞っていて、時折消えて、また瞬く。 瞬くなんて強い光ではなく、優しく幻想的に、点いては消えて…… 「蛍。今日、取材の前に小野田さんが彼氏と見に行ったって聞いて、坂田さんにも見せたいなぁって思ってたんです」 だから、取材が終わって、急いで撤収して……そう続けた山本の声は聞こえていたけど、目の前に広がる景色に見とれてしまっていた。 子供の頃、実家の近所でも数は少なかったけれど、飛んでいた。 だけど、ある年に台風の被害にあって、用水路を全部コンクリートで固めてしまってから、ぱたりと姿を見なくなった。 それを少しだけ寂しいと思っていたけれど……まだこうして、こんなにもたくさん飛んでいるなんて。 しかも、車で見に行ける距離で…… 「ありがと」 自然と言葉が出ていた。 普段、恥ずかしくてあんまりきちんと礼を言ったことはない。 面倒見が良くて、あれやこれやとしてくれる山本に対して、一度はきちんと言わなければ…と思っていたのに、なかなか言い出せずにいた。 だけど、これは……言わずにいられなかった。 「山本、ありがと……」 「そんなに言ってもらうほどのことじゃないですって……」 そう言って、山本がシートベルトを外す音が聞こえる。 その音に誘われるようにして、俺もシートベルトを外すと、運転席からにょきっと腕が伸びてきて、肩を抱かれた。 「……やっと触れられた」 そう言われて、そういう意味でこのところ触れ合ってなかったのを思い出す。 居酒屋で背中を駆け抜けたゾクゾクとした感触の意味が、今になってわかった。 普段、こういうことを仕掛けてくるのは断然若い山本の方が多い。 だけど、今日は…… 肩を抱かれたまま、そっと顔を上向けて、目を閉じて山本の唇に自分の唇を重ねる。 食むようにして上唇を挟んで、離れる瞬間、そっと唇の上を舌でなぞった。 「……そんなことしたら、止まらなくなりますよ」 「うん」 「良いんですか?何の用意もしてないのに……」 「うん……欲しい」 「……それって」 殺し文句です、と言った言葉が唇の上を滑って、強く合わさる。 頭を抱えられるようにして、滑り込んできた舌が、口腔の弱い部分ばかりを攻めてくる。 あっという間にスイッチが入ったようで、着ていたTシャツの上から背骨の上を撫でられて、その感触に仰け反った。 「あっ……んっ……」 仰け反った拍子に、頭を窓ガラスに押し付け、無防備に曝け出された首元に熱い唇が当てられる。 舌先でつーっと辿られ、時折、ちゅっと音を立てて痕が残らない程度に吸われる。 付き合いだした当初こそ、同僚の黒田に指摘されるような痕をつけていた山本も、落ち着いたのか痕が残らないように気遣ってくれるようになっていた。 それが何となく今日はもどかしい。 「もっ……と」 「痕、ついちゃいますよ」 「見えないとこ、に……」 「もう、あなたって人は……」 這っていた舌が、首筋ギリギリのところに移動し、そこをぎゅっと吸われる。 その小さな痛みに快感が駆け抜け、腰に熱が溜まり出す。 大きな手のひらが、背中から脇に掛けて移動し、膨らみなんて一つもない胸の上を行ったりきたりする。 その感触に徐々に反応する小さな頂が、存在を主張するように立ち上がってくる。 ひっかかりになって、擦られるたびに声が漏れる。 「んっ……んっ……はぁっ……」 「……直に触って欲しい?」 「ん」 いつもは恥ずかしくて答えないようなことも、久しぶりだからか、妙に感動してしまったからか、素直に頷ける。 運転席から体を起こして、覆いかぶさるようにして助手席に身を乗り出した山本に、Tシャツを捲り上げられ、月明かりに照らし出されたそれは、ぷくりと膨らんでいた。 [*前] | [次#] ≪戻る≫ |