In the Dark 1





右にあったものを左に動かす。
左に溜まってきたものを上に積み重ねる。もしくは、指定のゴミ袋に分別して入れる。
出来たスペースに体を滑り込ませ、同じ作業を繰り返す。
そうして、出来上がった色々な種類のタワーは、どれも不安定でゆらゆらと揺れている。
少しでも触れようものなら、引力に逆らうことなく見事に倒れるのであろう。
だけど……当の本人は夜空に浮かぶ小さな星のかけらほどにも思いつきもしない。
だから、こんな状態でも平気でいられるのだ。

『たまには掃除でもしたらどうですか?』

それを電話で山本に言われたのは10日以上前のことで、その間、顔を合わせたのは、片手で足りるほどだった。
去年もこの時期はそうだった。
4月になって、少し落ち着き出した住宅情報誌の編集の自分と違って、ジューンブライドに向けて取材だのなんだのと忙しくなる結婚情報誌の営業の山本。

「仕事と俺とどっちが大切なんだよ?」

絶対に口にはしないけど、そう思ってしまう自分が嫌だった。
彼氏に聞く女の子じゃあるまいし、少し前の自分だって、山本以上に仕事を優先させていたのだから、山本だけを責められない。
仕事の大切さや面白さは痛感して知っているだけに、会えないことへの不満をどう相手に伝えて良いのかすらわからない。
だから、せっかく忙しい最中に電話をくれても、口から出てくるのは、可愛くない言葉ばかり。
いや……可愛いだなんて思われたくはないけれど、せめて、年上らしい相手を気遣った言葉を掛けてはやれないものかと、反省したりもする。
その可愛くない言葉への報復として言われた言葉が、『たまには掃除でもしたらどうですか?』だった。


……別に山本に言われたからやってるわけじゃない。


単調な作業を繰り返している間、人が思うことといったら、何かに対しての言い訳がほとんどのような気がする。
あのとき、ああしたのは、ああ思ったから。
あんな風にしかできなかったけど、あのときの状況がまずかっただけで、普段はもっときちんと対応できたはずだ……
そんな風に自分に言い訳をして、色んなことの帳尻を合わせ、今度こそは!と悔しい思いをしないように鎧を纏う。

だから、今度山本から電話が掛かって来たときには、何か気の利いた言葉でも掛けてやろう……そう思っていた。そして……綺麗になったこの部屋を見たら、『さすが、坂田さん!やればできるじゃないですか!』と声を上げるに違いない!

10も年下の男に『やればできる』と言われている時点で色々とあれなのには気づかないまま、床にタワーを作ることに没頭していった。







ブブブと何かが震える音がする。
その音に気づいて目を開けたときには、部屋の中には暗闇が訪れつつあって、ぼんやりとした視界が広がっていた。

寝てた?

咄嗟に辺りを見回して、そう広くもない部屋にいくつものタワーが見える。
雑誌の山。
服の山。
燃えるゴミの入ったゴミ袋の山、不燃物のゴミ袋の山、資源ごみのゴミ袋の山……

そうか……掃除してて、そのまま寝たのか……

そんなことを思っている間にも、作った山のどこかで、携帯の着信を知らせる青い灯りがチカチカと瞬き、その存在を主張している。
そこに行くには幾分視界が悪い。
だけど、それを確認するためには電気をつけなければならない。
その電気のスイッチをつけるためにも……立ち上がってスイッチのところまでたどり着かなければならない。
そうこうしているうちに携帯の灯りは消えてしまった。

何時かもわからないけれど、多分夕方。
日曜日のこんな時間に連絡をくれるのなんて……山本しかいない。
結婚式の取材が早く終わったのだろうか?
それで、少しでも会いたいって思ってくれて……

そこまで考えたときに、訪問を告げるインターホンがピンポン♪と鳴る。

ぼわん…一瞬の間があって、壁に取り付けられているTVインターホンの画面が映しだされ、その機械越しに『坂田さーん』と言う山本の声が聞こえてきた。

やっぱり!

少しの間迷った。
合鍵でも渡していれば、この状況を見せてやることもできるのに、自分の部屋に来ることなんて滅多にないから、山本の部屋の合鍵は持っていても、渡してはいない。

その間にも、インターホンからは『いるのはわかってるんですよー、駐車場に車がありましたからー』とか『電気のメーターが勢い良く回っているのはいる証拠でしょー』とか、昔やったゲームのなんとかの名探偵のようなことを言っている。

これじゃあ、借金取りみたいじゃないか!

近所の目が気になって(この場合耳?)、急いで玄関に向かう。
……はずだったのに、作ったタワーが邪魔をして、思った通りに体にあたり、「うわっ」とか「あー」とか声を上げた分だけ、タワーが崩れる。
そうして、出来たタワーはドミノのようにすべて崩壊し、片付ける前以上の悲惨な状態を作り出す。
ガシャンと派手な音を立てたのは缶類の袋だろうけど、その上に雑誌類が倒れ込んだから、物凄い音がした。
それを聞かなかったことにして、何とか玄関にたどり着き、ドアの鍵をガチャリと開錠した途端、外側にドアが開かれる。

「何があったんですか?!すごい音がしてましたけど」

勢い良く入ってきた山本の大きな体を何とか制し、

「何でもない!変なこと口走るなっ!」

と声を上げる。

「だって、今……」

「何でもないって!あ!山本、飯食った?俺、まだなんだ。用意するから、ちょっと外で待ってろ!」

返事も聞かずにそれだけ言って、大きな体を押し返し、ドアの外に追い出して、鍵をかける。

『なんで鍵まで!?』

山本の雄たけびを聞きながら、急いで出かける用意をした。
こんな状態の部屋を見られたら、何て言われるかわかったものじゃない。
もちろん……その用意をするにも、山を掻き分け、更に崩し、居た堪れないほどの惨状にしたことは言うまでもなかった。






ここのところの流れで行くと、山本の部屋に行って、飯を食って、そのまま泊まって……と言うのが、会えない時の流れであったのに、その日、山本は会社の近くの居酒屋に向かった。

「さっき、何してたんですか?」

「……別に」

「ひょっとして、掃除とか?」

「う……」

注文したものが届く間、出されたおしぼりで手を拭いていると、山本が話し掛けてきた。
思い出すと涙が出そうになる。
もちろん、30も超えたいい大人が、実際に涙を流したりはしないけれど、今日一日で積み上げたものが、あんな一瞬で倒れてしまうなんて……
これもそれも、山本が変なことを口走るからだ!
そう思って軽く向かいに座る山本を睨みつけると、わかってますってと言わんばかりにニヤリと笑われる。
そこで文句の一つでも言ってやろうと口を開こうとしたとき、タイミングが良いのか悪いのか、アルバイトの店員が生ビールとウーロン茶を持ってきた。

「お疲れ様です」

「……お疲れ」

カチンと形式だけの乾杯を交わし、中ジョッキをグッと傾けて半分ほど飲み干す。
慣れない掃除なんかして、そのまま昼寝をし、何の水分も取ることなく出かけてきたから、体はそれを欲していた。

「ぷっは〜」

「……ぷっ」

ウーロン茶を含んだ口元を山本が抑えながら、笑いをこらえる。

「何?」

ゴクンと飲み込んで「いえ」とだけ言って、口元をおしぼりで拭いている。
ひと時して落ち着いたのか、山本が口を開く。

「坂田さんって、時々、本当におっさんになりますよね?」

「おっさんだからな」

「そんな可愛い顔してるのに……」

「顔は関係ないだろ?」

「大ありでしょう」

さっぱりした顔をして言う山本に疲労の色は見えなかった。
24歳……そういえば、昔の自分もこんな風に疲れ知らずだったような気がする。

「あんまり飲みすぎないで下さいね」

「何で?」

「行きたいところがあるんです」

そう告げられて、「どこ?」と聞いたけれど、「秘密」と語尾に音符でもつきそうな甘い声で言われ、久しぶりに聞いたその声に、何かわからないものが背中をゾクゾクと駆け上がった気がした。







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