Only for Me 3





説明をするだけしたら黒田は帰っていった。
まだ他の部署にも数人残っている。
早く帰れば良いのに、このまま帰るのが嫌だった。
心の矛盾ばかりが大きくなる。
それを誤魔化すように、デスクに戻って、黒田の原稿に手をつける。
説明通りにレイアウトを作成していると、ぱらぱらといた人が、一人ずつ帰っていく。
山本の声は聞いていない。
だから、きっとまだ、フロアにいる…

「坂田さん、お先です」

フィッシングの伊藤くんに声を掛けられ、「お疲れ〜」と言ってから、後数人残っているだろうと見渡したけれど、自分以外に人がいない。
山本もいない……


え!?帰った?声も掛けずに!?

怒りがやって来たのはほんの一瞬。
それを上回る速さでどうしようもない虚無感が襲ってくる。

慌ててデータを保存し、パソコンの電源を切る。
荷物を引っつかんで、フロアの電気を消した。
非常出口の緑の明りだけが灯る空間になり、エレベータに走り寄る。
表示されているのは1階で、それが4階のここまで来る時間すらもどかしい。
1から2へ、2から3へとゆっくりと動く表示を見ながら、山本のところに行って自分はどうするのだろうと思った。
あんなことくらいで目くじらを立てる自分に呆れられてしまったから、声も掛けずに帰ったのではないだろうか?
今さら何かを言ったところで、取り合ってくれるのだろうか?
3から4へ表示される数字を見上げて、どうしようもない気持ちになり、比例するように頭が下がる。
暗いこの状況が追い討ちを掛けているにしても、これほどの虚無感を味わうくらいに自分は山本に惚れこんでいたのを今更ながらに思い知らされた。
黒田が嫌で山本なら良い……
それは、好きと言う気持ちの違い。
たったそれだけのことだった。

チンと鳴って、足元に徐々に広がる明りの線。
大きくなってきた明りに人の影が写る。

「うわっ!坂田さん!」

聞こえた声に頭を上げれば山本だった。

「か、帰るんですか?」

聞かれた言葉に、帰ったのはお前だろ?と言う言葉が頭に浮かぶ。

「真っ暗だし……」

きょろきょろと辺りを見渡している山本から視線を逸らさずにいると、いきなり手をぎゅっと握られる。

「な、何だよっ!」

思いとは別に、口からは可愛くない言葉が飛び出す。
握られたところが熱くなるのを感じながら、エレベータ脇の壁に背中を押し付けられ、ぎゅっと力任せに抱きしめられる。

「や、山本? 痛い、ん、だ、けど……」

そう言うと、幾分緩んだ腕の拘束に、隙間が出来て体が離れた。

「昨日、どこに泊まったんですか?」

離れた隙間を利用して、左耳のすぐ横で発せられる言葉が、耳を舐めるようだった。

「…どこだっていいだろ?」

「丸一日、携帯切ったまんまだし……」

「あ……」

「そんなに俺を振り回して面白いですか?」

「そういうわけじゃ……」

振り回してるのはお前だろ?
訳のわからない感情を一日抱え、やっと認めた感情も口に出すことなく、もやもやとした気持ちを植えつけているのは、お前じゃないか……

顎をすくわれて、柔らかいものが唇に触れる。
一度離れて、また触れる。
角度を変えてやってくるそれで、硬くなっていた心を解いていく。
上唇と下唇の間に、山本の舌が開けろとばかりに押し当てられ、望んで開けた唇の間から、ぬるりと入ってきて、蠢いた。

「ん、ふっ……んん」

鼻に掛かった声が上がる。
背中に回っていた山本の腕が、背筋を辿る動きに背中が反る。

反対の腕でがっちりと支えてくれているから、後ろに倒れることはないだろうが、頭が壁に当たって地味に痛い。

「ん、んんっ!」

抗議の声ですら出すことを許されず、吐息で伝えるとやっと唇が離された。

「こ、ここっ、頭が当たる……」

「じゃあ、こっち…」

二人とも中途半端な興奮を示していたけど、てっきり山本の家に連れて行かれるのだろう…と思っていた。
それなのに、引かれて連れて行かれたのは、さっきのミーティング用のテーブルのところ。

「や、やまもとっ!?」

「家までなんて待てない。……いつからお預け食らってると思ってるんですか?」

そう言って、テーブルの上に両手を置かれる。
後ろからかぶさるように立つ山本のそれが腰の辺りに当たって、興奮しているのがわかる。
会社……
さっきのさっきまで仕事をしていたテーブル……

「い、いやだっ!」

首を後ろに回して抗議の声を上げたその唇を無理な体勢で塞がれる。

「んんっ!」

声は山本の口の中に消えていく。
徐々に力が抜け、テーブルに置いた手に体重が掛かることも辛い状況になりだした頃、
山本の手が股間に伸びた。

押し付けられる山本のそれも十分に反応を示している。

ぷはっと離れた唇で、酸素を貪っている間もなく、ジーパンのファスナーが下ろされ、中に手が入り込む。
なぞるように動かされて、快感が背筋を駆け抜ける。

「あっ……んんっ」

「昨日だって……もう少しで繋がれると思っていたのに……」

「あれ、は、お前が、変な本を持ってるから…」

言うと同時に体が反転させられた。
テーブルの上に座らされるような体勢にされ、容赦なくジーパンと下着が下ろさる。

「いっいやだっ!」

きっちりとスーツを着込んだ山本と、下着すらも取り去られ、
天を向く自分のそれが外気にさらされる羞恥。

「編集者のあきほがこういう格好してましたよね?」

「あっ……」

パラパラと捲っただけだけれど、そのページは見開きで描かれていたから覚えている。
編集長の机の上で、確かにこういう格好をしていた。

「……暗くて見えないですけど……あのあきほと今の坂田さん…同じような顔をしてるんですかね?」

言われた言葉にくっきりと思い出すあきほの顔。
快感で頬を染め、目を潤ませながら、編集長の卑猥な言葉に耐えている。

「……っ!」

羞恥から閉じようとした膝を即座に押さえられて、唇を塞がれた。
何度となく抗議の声を飲み込む唇が憎らしい。
それでも「お預け」を食らったのは山本だけじゃない。
俺だって……

応えるようにして舌を動かすと、シャツの裾から、ひんやりとした手が忍び込む。
焦らすように体の線をなぞられ、くすぐったさに身を捻る。
蜜がどんどんと滴るのが自分でもわかった。
漸くたどり着いたそこを、上下に動かされると、クチクチと音がする。
薄っすらと開けた目の中に、非常口の緑だけが写った。

「はっ……んっ……んんっ!」

あと少し…
そう思っていると、手が離される。

「まだですよ……」

そう言って、後ろに指が当てられた。
解すように撫でられるのですら、もどかしいくらいの快感が駆け上がる。

「あっ……んんっ……ふっ……」

薄緑色の闇の中に自分の声だけが響く。
一度山本の手が離れ、徐々に慣れて来た目でスーツのポケットから小さな瓶が取り出されるのをぼーっとしたままの顔で見つめる。

「あきお……」

呼ばれた声は欲情に掠れていた。
瓶の蓋を開け、とろりとした液体が山本の手に垂らされる。
さっきまで解すように動かされていたそこに、つぷりと指が入り込んだ。

「んんっ!」

こればっかりは慣れる事ができなかった。
排泄するための器官。
そこを反対側から入り込む。
逆流しようとする動きと、無理に進めようとする山本の指。
それでも、その後の快感を知っている体は、耐える意味も知っている。

指を動かされる度にくちゅりくちゅりと音がして、先ほどの液体を流し込むように動かされる。
眉間に皺を寄せ、快感に耐えていると、山本の視線を感じた。

「かわいい……」

暗闇だから見えないだろう……
そう思っていたのにすぐ近い位置から発せられる言葉。

「誰にも見せたくなかったのに……」

次いで言われた言葉は大きく動かされる指の動きに、
喘ぐ自分の声で聞こえなかった。
指が2本から3本に増やされ、十分に解れたのを確認し、ジーっという音の後に熱いものが当てられる。
これが指とは比べ物にならないくらい圧迫感があるのも知っている。
推し進める動きに合わせ、上がる嬌声を塞ぐようにして、また唇を塞がれる。
このフロアに人はいなくても、3階や2階に人がいないとは限らない。

「っく……!」

「ううんっ!んんっ!ふっ……」

動きが徐々に早まって、テーブルの上で既に背中を預けた状態。
ガタガタと揺れるテーブルがその激しさを物語っていた。
良いところばかりを突いてくる山本の動きに徐々に涙が浮かび、
背中に回した腕に力が入る。
シャツをぎゅっと握ると、唇が離された。

「そ、ろ、そろ?」

聞かれる言葉に、うんうんと頷けば、

「俺も…」

と掠れた声がする。
それと同時に、俺自身を握られ、腰の動きと一緒に動かされる。

「あっ…、あっ…も、イ……くっ、ああっ!」

「くっ!」

背を仰け反らせて、山本の手の中にはじければ、一瞬遅れて、体の中で熱い飛沫を感じた。
どくどくと注ぎ込まれるような動きに、じっと耐える山本を下から見上げる。

イッた余韻に浸っていると、山本がずるりと中から抜けていく。
その行為ですら快感を伴い、んんっと鼻から吐息が漏れた。

「ちょっと待っててください。ティッシュを取りに……」

そう言い掛けた山本の声を遮るようにして、エレベータの横に備え付けられた階段を上がる人の声。




『ええ、本当に?』

『本当ですよ!さっきガタガタ言ってたんだから…』

『えっ!まさか……幽霊?』

その言葉を聞くや否や、山本に抱きかかえられ、一目散にトイレに連れ込まれる。

パタンと扉が閉まると同時に、

『ええ!誰もいないじゃない!』

『いや、さっきまでいたんですって!本当ですよ。だって音が……』

『やっぱり……まさか……』

きゃーと言う悲鳴と同時に、バタバタと遠ざかる足音。
ホッと一息つくと、隣の山本も息を吐く。
それを合図に隣を向けば、チュッと音を立てて、唇が吸われる。
離れた唇に息がかかる距離で

「幽霊になっちゃいましたね」

「ああ」

クスリと笑うとまた触れる唇。
満たされた気持ちと体の思うがままに、数度と無くじゃれあった。
下半身がさらされた間抜けな状況を忘れていると、つつーっと伝うそれに気づく。

「あっ……」

「どうしました?」

潜めて言われる声に、どうしようか?と思っていると、それに気づいたのか、パチリと電気が点けられ、間抜けな格好が露呈する。
急いで個室に飛び込んで、ガラガラとトイレットペーパーを引き出す俺を他所に、

「やっぱり誰にも見せたくない……」

そう言った山本の声は聞こえなかった。





飯田に抗議をする!と言う俺の言葉を、俺がするから坂田さんは何も言わないで下さい。
そう言った山本の声を信じるわけではないけれど……

「そろそろ秋のイベントがあるんですよ」

10月が目前に迫って、賃貸の方の動きが幾分活発になってきたにも関わらず、
飯田が言ってきた言葉にびっくりした。
会社はアルバイトを禁止している。
イラストレーターである飯田も、もちろん社員である。
そんなことを先輩である俺に言っても良いのか?と言う視線を送ると、

「山本くんから聞きました……」

と言って、小さくなる。

怒りは既に収まっていたから、からかう意味で問いかける。

「あれ、結構売れた?」

質問が意外だったのか、一瞬目を大きく見開いたかと思うと、

「もちろん!」

と大きく頷きながら言う。
そんなに凄かったのか?と思っていると、

「でも、あの路線は変更したんです。次は、ホラーで行こうと思っています」

と言う。

「ホラー…?」

「ええ、山本くんが、これからはホラーだって」

「山本が? そっか……はは」

俺が笑う意味がわからないのか、飯田がきょとんとした顔をする。

「そうだな、ホラーだな」

そういう俺の言葉に

「坂田さんもそう思いますか!」

と声を張り上げ、目を輝かせた。








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