10 先日黒田が幹事をした合コンで、山本はさっきの雪村さんと知り合った。 お互い乗り気もない合コンで、他の人たちとテンションが合わない二人は、気が合ったらしい。 そこで、雪村さんには彼氏がいて、そろそろ付き合って二年になるが、今でもラブラブで、今日は人数を合わせるために呼ばれたと聞いた。 俺も人数合わせなんです。と正直に山本が言えば、恋人がいるのか?と聞かれ、恋人はいないけれど、ものすごく好きな人はいるんだと言ったらしい。 どんな人?と彼女が興味を持ったから、ここぞとばかりに山本は俺について語ったそうだ。 そのときにどうやら「坂田」という名前を出していたようだ。 一次会も終りに近づいたとき、たまたま帰る方向も一緒だったから、家の近くまで送りますよと言って、送って行った。 そのときに出た名前を彼女が覚えていて、俺が男だったという事を知り、ショックのあまり、駆け出すように逃げて行った…という事らしい。 まぁ、もう二度と会わないかもしれないから、それはそれで良いんだけど…… 「彼女になんて言ったんだよ?」 「え?そりゃあ、すごく綺麗で、何となく儚くて……守ってあげたいって思うような人」 得意気に言われ、正座をした山本に踵落としをしたくなった。 だけど、振り上げた足をすんでのところで思いとどまった。 ヒッと声を上げ、身を硬くした山本が足が地面に着いたことを認めてから上目遣いに言った。 「……そんなに怒らなくても……」 「はぁ〜今更怒ったところでどうにもなんないけどな……」 「すみません……以後気をつけます…」 ガックシというのはこういう状況なんだろうな……と思うほど肩を落としてうな垂れて山本を見ていると、 ちょっと可哀想かな?とも思う。 好きな人がいて、その人のことをどんな人?と聞かれれば、自分だって多分、得意気に、いかにその人が好きで、どんなに惹かれているのかと語ってしまうだろうと思うから。 ゲイだという人もいる。 男同士が気持ち悪い、何て言ってはいけないという事くらいはわかっている。 だけど、いざ目の前にしてしまえば、そりゃあビビルし、引くし…… 興味本位で話を聞きたがる人がいるけれど、それは自分のことじゃないからで…… そう思うと、やっぱり、この辺でこの話はしたくなくなった。 「もういいよ。それより、俺腹減った」 腹時計ではないけれど、よくよく外を見れば窓の外は真っ暗になっていた。 予定していたのは、これから二人で企画を練り直し、企画書を作成しなおすことだった。 この時間から始めれば……終わるのは早くても日付が変わってしまうだろう…… 「あ!ごめんなさい。何か作ります!」 山本の提案は嬉しかった。 手料理なんて、朝の山本が作ってくれた料理を食べるまで、正月に実家に帰ったときが最後だった。 何よりも美味しかったし。 だけど、作っている間の時間も惜しい。 「いや、何か取ろう。時間がない」 どこか張り詰めて重い空気が嫌で、山本が持って来たチラシを手にこれもいい、あれもいいと努めて明るくした。 最終的には、食べながらでも出来るピザを取ることにして、早々に買ってきた本を並べ、机の上にノートパソコンを置いて、ああでもない、こうでもない、と山本と意見を出し合った。 頼んだピザが届いても、話しは白熱し、時間がたって冷たく硬くなったピザとは逆に、俺と山本の話し合いは熱くなっていた。 それに、何となく、楽しかった。 いつの間にか流れ作業のようにしていた仕事。 作っているときは真剣に一生懸命作っていたつもりだった。 だけど、俺たちの仕事は、作ることだけじゃない。 提案し、読んでいる人のこれから先の人生がもっと楽しくて、もっと充実したイメージを持ってもらうことも出来るんだ。 入社当時、持っていたはずの心がワクワクするような、そんな企画を自分達の手で作っていくことに、思いがけず熱中している自分がいた。 最後の打ち込みが終り、プリントアウトをする頃には、やはり日付が変わっていた。 ガーガーと言う用紙が印刷されていく音を聞いていると、これから帰ってシャワーを浴びて寝るのか……と思うと、 疲労感が余計に増した気がした。それでも、帰らねば…と思い、鞄を手に立ち上がると、 「え?帰るですか?泊まって行って下さいよ」 慌てて引き止める山本の声に甘えそうになった。 だけど…襲われたりしないのか?と不安が持ち上がってくる。 それを察したようで、 「何にもしませんよ。俺、ソファで寝るんで、坂田さんはベッド、使って下さい」 ほら!と言って、朝と同じようにタオルを押し付けられ、代わりに鞄をもぎ取られた。 そのまま、背中を押され、脱衣所に押し込められれば、無理に断る気力もなくなった。 そのままシャワーを浴び、出てくると、朝と同じように髪も乾かされる。 その最中に、ドライヤーの音と、触れる手の感触に眠気が襲ってきた。 コクンコクンと船をこぎ始めたことに、クスクスと笑う山本の声が聞こえたが、どうにも我慢が出来なくなり、手を引かれながらベッドまで連れて行かれ、横たわった自分の体に布団が肩まで掛けられる。 眠りに着く瞬間、額に柔らかいものが押し付けられたような気がしたが、日向のような匂いのする布団が心地よくて、気にもせずに眠りの世界へと入って行った。 [*前] | [次#] ≪戻る≫ |