いとしいひとよ
(※これが精一杯です)



「そういえば、荒北には彼女がいただろう」


金城の言葉に、それまで金城の女関係を聞き出そうと躍起になってた先輩たちがくわっと目を開いた。巻き込まれまいと少し離れた場所で飲んでいた同期たちも驚いた顔をしている。納得いかねぇって顔。…なに、オレに彼女がいちゃ悪いかヨ。つか金城も困ったからってオレに話振るんじゃねェ、バァカ。

「お前、今まで隠していたなぁ!」
「違いますって、別に聞かれなかったからァ」
「その余裕がムカつくんだよクソー!」
「うちの大学!?」
「いや、あいつ地元の大学に進学したンで」
「遠距離か、写真ねぇの写真」
「は?ないっス…ちょ、勝手に携帯触ンな!」
「確か結構可愛かったよな」
「余計なこと言ってんじゃねぇ金城ォ!」


いつ見たんだよと聞けば、インハイで2人で話しているところを見かけた、と。そういえば去年のインハイ、応援に来てたっけ。残念ながら東堂がすげェウザかった記憶しかない。金城に見られてたってことは、総北の他のやつらはもちろん、色んなやつに見られてたってことォ?今更ながら迂闊だったと後悔してしまう。

オレの携帯を奪おうと飛びかかってくる先輩たちから逃げるために、「ションベン」、と一言告げてトイレに逃げ込んだ。
自分が好奇の目から逃れられたからって、普通便乗するか?金城のタチの悪さはかつてのチームメイトに通ずるところがあるな、とふと頭をよぎった新開の顔に、そういえば昨日着信きてたっけと思い出して履歴を開いた。

着信履歴に並ぶ文字。新開、東堂、東堂、東堂、金城、東堂、福チャン、新開、東堂、東堂、、、、。
………東堂は着信拒否にしよう。巻島が海外に行ってしまってからというもの、あいつの鬼電のターゲットはもっぱらオレか新開に定められている。国際通話じゃァ流石にそれまでの頻度では厳しいらしい、それはわかる。つーかそもそも用もなく電話すんじゃねェヨボケ、というオレの言葉は不幸なことに何の意味も持たなかった。

無性に腹がたってきて、東堂からの着信履歴をひとつずつ消す。

ざまぁみろ。やがて画面下から現れた文字の羅列。ナマエ。日付を確認して思わず2度見した。そういえば2週間前、引っ越してきてすぐ、それ以来1度も電話もメールもしていない。



「………流石にヤベェよな」

入学式だとか新歓だとかで忙しかったとは言え。つか、何であっちからも連絡ない訳ェ?普通するもんだろ。オレと同じで忙しいのか、もしかして怒ってるのか?なんて、ナマエの怒ってる顔を想像しようとしたけどできなかった。あいつが怒ってるの見たことねェや。

画面にはナマエとだけ表示されていて、このボタンさえ押せばあいつに繋がるのに、指は動いちゃくれなかった。だって何話せば良いんだヨ。今までどんな話してたっけ、と高校時代を思い出そうとしたけどこれまた無駄に終わってしまう。
土日は部活あったし引退したら受験勉強で忙しくてデートらしいデート、したことねェ。2人で、図書館で勉強したことならいっぱいあるけど。お互い寮だっから部屋で2人で過ごしたこともねェし、学校で一緒に居る時だってそれぞれ好きなことしてた。


血の気の引く音がした。やべぇ、カップルらしいことしたことねェじゃん!これナマエ本当に怒ってるンじゃねーの。それか呆れてる、とか。1度嫌な方に考えるとみるみるうちに転がり落ちてしまう、とはよく言ったものだ。

ボタンを押すか押さまいか。いつもにこにこ笑ってるナマエの顔が浮かんだ。
…グダグダ悩むのは柄じゃねェ。酔っ払った振りして、電話してしまおう。







オレ弄りに飽きたらしい先輩たちは今度は猥談に花を咲かせていて、オレは巻き込まれないように部屋の隅でこっそりコーラを飲んでいた。やっぱベプシのがうめェな。飲みなれない味に顔が歪んでしまう。

「ハァ………」
「荒北、大丈夫か?」
「…! な、なンでもねェヨ」

酒も飲んでないのに酔っ払ったか、と金城が近づいてきたが、先輩たちの輪に引き込まれていってしまった。ざまぁみろ、さっきオレを売った報いだ。


「………ハァ、」


つい溜息ばかり出てしまう。原因は分かっていた。電話は、かけた。確かにかけた、それまでは良かったのだ。しかし1コール、2コール、無機質な呼び出し音を聞いているうちになぜだか無性に恥ずかしくなって、ナマエが出る前に切ってしまった。



…顔も見えねェってのに、何話せば良いンだヨ。

ちょっと距離が離れるくらいどうってことないと思ってた。けれど、会えるのが当たり前だったあの頃とは違って、今は会いたくても会えないのだ。顔さえ見れれば、こんなに悩まなくったって済むってのに。



「(……、会いてェ、な)」

声なんか聞いたら、きっと余計に会いたくなってしまう。柄じゃないのは分かってる。ガシガシ頭を掻くオレを、金城が怪訝そうに見ていた。



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



テーブルの下でこっそり開いた携帯は、相変わらず待ち人からの連絡を知らせてはくれなかった。思わずこぼれた溜息に、友人たちがニヤニヤしている。バレバレのようだ。


「まだヤストモくんからの連絡ないの?」
「うん…」
「ナマエから連絡すれば良いじゃん」
「だって、忙しそうだし、邪魔したくない、し」
「付き合ってるんだから、気にしなくて良いと思うけど」
「そーそー!さっさと電話しな」
「…うーん、」
「もー、貸して!」

ユミちゃんに華麗に携帯を奪われて、取り返そうとする私をナオミがやんわり羽交い締めするのでかなわなかった。ユミちゃんはヤストモ、ヤストモ、なんて呟きながらどうやら靖友くんの電話番号を探しているようだ。ああ、ロックかけておけば良かった!


「っと、え、ナマエ!着信!荒北って彼氏!?」
「え!?」

ほら、と向けられた画面は荒北靖友の名前が表示されていて、待ち望んでいた人からの着信を知らせている。

「すごいタイミングだねぇ。以心伝心!」
「早く出な!」
「う、うん!」
「あー!切れた」


ごめん。ユミちゃんがそう言って再び突き出した画面には、着信アリの文字。留守電に繋がるには早いから、多分靖友くんが切ったんだろうなぁ。

「掛け直してきなよ」
「良いの、帰ってからにする」
「でも、」
「……長電話になっちゃうから」
「うわー惚気!」
「私たちは気にしないよ?ゆっくり話してくれば?」
「大丈夫。それにもうご飯くるし」


2人とも納得いかないって顔してたけど、次の瞬間には運ばれてきたパスタに目を奪われていた。美味しそー!って目を輝かせるナオミに、つい笑ってしまう。


電話をかける理由ができた、それだけで、私にはもう充分なのだ。なんの話しようかな。まずはユミちゃんとナオミのこと話そう、良い友だちができたよって。靖友くんはきっとぶっきらぼうな返事しかしなくて、でも、最後までちゃんと話を聞いてくれる。簡単に想像できるそれに、思わず笑みがこぼれた。


「(…会いたいなぁ)」

靖友くんも同じように思ってくれてたら良いのに。やっと繋がれる今夜に想いを馳せていると、ユミちゃんとナオミがまたニヤニヤとこちらを見て、幸せそうだねと言われてしまう。やっぱりバレバレのようだ。

(※これで充分です)




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