笑顔の先に
彼女の視線の先にはいつもあいつがいた。

いつも何かしら食べてばかりで、美しさも女子人気もオレには劣る。しかし箱根学園最速の男ー新開隼人。
そして彼女はいつも1人だった。女子ファンの集団から離れた所にいて、熱く、だが寂しそうな表情で新開を見ていた。
そんな彼女に気づいたオレが声をかけたのは単なる興味本位だった。
「キミ!いつも1人で居るね。だがその熱い視線は隠しきれないようだ!」ワッハッハと声高にそう話しかけると彼女は驚き退いた。
「わかっている、オレのファンなのだろう?もっと派手に応援してくれて構わないのだぞ!」
そう矢継ぎ早に言ったオレの言葉に彼女は苦笑した。笑ったーー今までずっと寂しげな表情しかなかった彼女の変化にオレの心が少し揺れた。

新開に彼女の事を問うと同じクラスのミョウジナマエだと言った。
ただ彼女の名前以外あまり知らない、と。
「おめさん、ああいう子が好みなのかい。」
新開は別段からかう風でもなくさらりと言った。
「違うな新開、オレは全ての女子に等しく夢と希望を与える山神"東堂尽八"なのだよ。それなのに一人の女子に傾倒するなどとファン泣かせな事をするはずがなかろう!」
ワッハッハといつものように返すオレに対して新開はそうかい、と短く答えるだけだった。
普通のファンの女子たちはいつも自分を着飾り、集団で楽しそうに声を弾ませている。
それに比べてミョウジさんー彼女はどうだ。1人で足繁く通う割りにその表情は陰鬱で、新開に声援を送るわけでもない。その対象である新開も全く気づく素振りがない。
新開が彼女の顔をいつまでも曇らせているからだーそう自分に言い聞かせた。

それからというものオレは彼女の視界に立ち塞がり続けた。
「ワッハッハッ、ミョウジさん!またオレに会いにきてくれたのだな。いつもいつも熱い応援、感謝をするよ!」
最初は苦笑しかしなかった彼女も徐々に笑いかけてくれるようになった。しかしいつまでもオレが邪魔な事は察していた。
彼女はただオレの先にいる新開に嫌な顔を見られたくなかっただけだ。

ミョウジさんと知り合い、普通に言葉を交わすようになった高校3年の春だった。
ーーー新開に"彼女"ができた。
ミョウジさんではない、別の女子だった。元は隣のクラスでお互いに気になっていたのが進級して同じクラスになり…部活前そう新開は気恥ずかしそうに語った。
福富や荒北…は素直ではなかったが、新開を祝福していた。
「良かったではないか。今夜は祝杯だな!」オレもそう言って新開を祝福したが、思考は彼女ーミョウジさんに向けられていた。
段々とファンの集団が増え部活も始まろうかという頃、オレはいつもいるはずのミョウジさんの姿がない事に気がついた。
よくよく集団を観察すると新開ファンが少なくなっている。新開に彼女ができた事はファンも周知のようだ。
そうわかった時、彼女を最初に見たあの寂しげな表情が脳裏に蘇った。
「荒北!オレは少し部活に遅れる!」
「ハァ?!おめー何言ってェ…オイ東堂ォ!」目の前の荒北にそう告げ終わる前にオレは走り出していた。
荒北の怒声とファンの不満を背に受けながら学園の校舎へと向かった。
正直なところ彼女がどこにいるのかなんてわからない。それでも探さなければ、とオレは校舎を駆けずり周った。
3階に上がったところで学園外の雑木林に人影が見えた。窓から体を乗り出してみると木々の間から彼女の後ろ姿が見えた。
見つけたーオレは思いっきり階段を駆け下りて雑木林へと走った。
彼女は雑木林の中で蹲っていた。サラサラと揺れる木漏れ日の下、彼女は泣いていた。蹲って肩を震わせる彼女の姿は今にも消えてしまいそうだった。
彼女の後ろまで辿り着いたオレは息を整えて声をかけた。
「…こんな所で何をやっているのかね、ミョウジさん。」彼女はビクッと肩を竦ませた。
「もう部活が始まってしまう時間だぞ?今日もオレの応援に来るのだろう?」
そう軽口を叩くと、彼女はゆっくりと振り返った。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
「…何故泣いているのだ?」そう言って彼女の隣にしゃがみ込む。
彼女は新開の事が好きだったと告白した。そして先程その新開に彼女が出来たのを知ったと。自分が告白をする勇気もなく終わってしまった恋を吐きだしていたのだ、と。
彼女はそう言ってまたすすり泣いた。そんな彼女にどうしようもなく胸を締め付けられたオレはふと口走ってしまった。
「…オレでは新開のようなミョウジさんの拠り所にはなれないのだろうな。」
オレの発言に驚いた彼女がめいいっぱい目を見開きオレを見た。
「オレは好きなのだよ、ミョウジさんが。」
びっくりして泣き止んだミョウジさんだったが、オレの告白に俯いた。私、まだ新開くんの事がー…そう震えながら答えた。
「だろうな。知っているさ、ずっと見ていたのだからな。」
そう言ってオレは手で彼女の涙を拭った。
「だが、オレも諦められんな。なんせオレは新開とは違って登れる上にトークも切れるそしてこの美形!!山神"東堂尽八"だからな!」そう威勢良く言ったオレに対して彼女は堪えきれず吹き出した。
涙でぼろぼろな顔だが彼女の本当の笑顔がそこにはあった。

ようやくーーー
「ようやく、オレだけに笑ってくれたな…ナマエさん。」





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