シーソーゲームの終わらせ方
私と裕介は、いわゆる幼なじみだ。
小学校からの付き合いで、ブルジョワな裕介と一 般庶民な私の関係は一応、高校生である現在まで続いている。一応ってついたのは、中学生くらいからよそよそしくなったからだ。きっかけは私。名前で呼び合ってるってだけで私たちは付き合ってるだのとからかわれ、それからだったと思う。そして高校生になって裕介が自転車にさらに集中するようになってから、なおさらよそよそしくなった。
高校入学して髪の毛すごい色にして自転車に乗って青春してる裕介と、部活に入らず塾にも通わずだらだら過ごしてる私。関わろうと思っても、タイミングなんか合わないし、メールもお互いにこまめにするタイプではないし。そんなこんなで疎遠になってた。

疎遠には、なってたけど。 裕介がイギリスにいくって話を本人からではなくおばさんから聞いたとき、ショックを受けた。おばさんもてっきり裕介から私は聞いてるものだと 思ってたみたいで、驚いてて。なんかそれが耐えられなくて…回覧板回して、さっさと家に帰った。
夜になって、お母さんから裕介くんがきたから降りてきなさいって呼ばれたけど無視した。頭から布団被って、子どもの駄々みたいに。そんな自分が情けないと思う反面、いくら最近話したりしてないからって、そういう話すらしてくれないってのはどうなんだ、バカ裕介、玉虫男。これまで過ごした時間なんて、その程度なんだね。これでもあんたの心配したり、大会見に行ったことあるんだぞ、アホ。…なんて、裕介をなじったりした。

「…入るっショ」

入るな!つかノックしろ!…って返すのも、いやで。中に入ってきた裕介を拒むように、布団を強く被った。裕介がベッドに近づいてきてる音がしたから、布団を強く握りしめた。

「帰ってよ…」
「ナマエ」

いつぶりだろ、名前で呼ばれたの。そう思ってたのに、口からでたのはかわいげのない言葉だった。

「裕介なんか、だいきらい」

それからなんか、よく覚えてないけど、鼻声で裕介になんか文句を言ってたと、思う。よそよそしくなったきっかけは自分なのに。裕介もなんか言ってたけど、聞きたくないって布団の中で耳をふさいだ。なのに、

「ナマエ」

って、裕介が何度も私の名前を呼んでいたのは、覚えている。

それから裕介と顔を合わせることもなく、裕介は インターハイを終えた。総北高校優勝…にわく学校で、私はその熱に浸ることもなく、ぼんやりと裕介がイギリスにいくまでの期間を数えていた。
だけど数えるだけ。行動はなにもしない。これじゃ子ども以下だと思うけど、意地なのかなんなのか。私は、動けなかった。裕介がなにか言いたそうにしていても、気づかないふりしてた。本当、子どもみたいだと自分がいやになった。

そんな私を置いていくように時間はあっという間 にすぎていって、今日は裕介がイギリスにいく日だ。…意図して早めに起きて着替える。

「あら、早いわね。どこいくの?」
「散歩」

お母さんにそう言って、外にでる。 朝の空気は澄んでいて、残っていた眠気が飛ぶ。 ゆっくり、ため息をついた。
未練を覚えながら向かうのは、数歩先の裕介の家。相変わらず大きくてきれいな家で、ご近所なのに築20年のうちとはえらい違いだ。 …この時間なら、裕介は今頃起きて空港にいく準備でもしているんだろう。会おうと思えば、会える。

(…べっつに、謝ったりとかしたいわけじゃ、ないし)
「何してるっショ」
「ぎゃっ!…げっ、裕介…!」
「なんショ、その反応…」

振り返ると裕介が、いた。ラフな格好(でも柄と色合いは奇抜)で、あのいくら食べてもガリガリな犬を連れてた。散歩か。勝手にガリガリくんと呼んでる犬は、尻尾をふりながら私に寄ってくる。ガリガリくんは、素直だ。私と違って、裕介にも似ずに。

「…よしよし」

裕介と二人きり、気まずくて屈んでガリガリくんを撫でる。プロペラのように尻尾をふるガリガリくんに、裕介はちょっと笑ってた。…久しぶりに、見た表情だった。

「つーか本当、何してたんショ」
「…べ、別に…。…ただ、あんた今日、いなくなるんだなとか、ちょっと思っただけで」

ガリガリくんの耳を揉むように撫でて、ごにょごにょ言う私。裕介は、屈んできた。…ふ、ふざけるな、逃げられない。

「見送りか?」
「ち、違うし」
「目ぇ泳いでるっショ。本当、お前は素直じゃないショ」
「あ、あんたに言われたくない!どーせ部活のみんなとかにもなかなかイギリスいくとか言えなかったし、しんみりするのはいやだからとかかっこつけてたけど寂しくて、みんなにも私にも、言えなかったんでしょ、このさみしん玉虫ボーイ!」
「正解っショ」
「…は?」

昔のようにまくし立てて裕介になにも言わせないようにしてたら、あっさり。あっさり、裕介は肯定した。真っ直ぐ、私を見つめたまま。ガリガリくんが私の手をしゃぶってても、私はそれを払うこともできずに裕介を、見つめた。
裕介は頬をかいて一度目をそらしてから、また私を見た。相変わらず、まっすぐに。

「お前に言うのが、一番寂しいと思ったっショ」
「…ゆ、ゆーすけ」
「逃げるなショ、聞け。もうお互いに、素直になろうぜ」

尻餅を、つく。裕介から目をそらせないし、ガリガリくんは私の膝に乗ってくるし。

「こんだけ口が達者なくせに素直じゃなくてそのくせ寂しがり屋で、手間かかるお前おいてイギリスにいくっていうのを口にするのもいやなくらい 寂しいと思った」
「う、あ…も、やめ、許して…!」
「クハッ。何許せっつーんだよ」

その通りだ。 赤い、と自覚して顔を覆いたいけど、ガリガリくん、そろそろしゃぶるのやめて。 裕介はそんな私を見て、少し楽しそうにしてるから、本当腹が立つ。

「こんだけオレも言ったんショ。お前も全部素直に言え」
「…っ」

あ、なんか落ちたと、思った。
そう思ったら、あっさりと口をついてでてした。

「そう、だよ…私だって寂しいし、いくって聞かされてなかったのショックだったし…」
「うん。…悪かった」
「そ、それでなんか、今日だってちょっと顔見れればいいかなとかそんな…。あとこの間、本当ご めん…」
「気にしてねーっショ。つかそれ、見送りにきたんだろ?」
「そうだよ玉虫!」

何かやけになってきた私に、裕介はまた楽しそうに笑って。長い腕を伸ばして、遠い昔にしてたように、私の頭を撫で回した。

「ちょ、やめ…」
「やめねーっショ。なぁ、ナマエ」

頭をなで回してたと思ったら、裕介の手は私の頬に添えられた。裕介を見ると、優しいけど真っ直ぐに私を見ていて、胸の奥がぎゅうって、なった。

「イギリスにオレは行くけど、待っててほしいっショ」

ぶわって目の前が滲んできた私は、それを誤魔化すようにそっぽを向いた。

「…裕介が、そこまで言うなら、待っててあげる」

でてきた可愛げなんて欠片もない私の言葉に、裕介は満足そうに笑った。





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