恋にピストル2
そう決意してから暫く経ったある日、図書室で読みたい本を探していると偶々東堂先輩と出会した。向こうもまさか此処で会うとは思っていなかったらしく、目を見開いている。ていうか、東堂先輩も本とか読むんだ、なんか意外。……ではなくて。幸い、私達の周りには人はおらず、このタイミングでなら東堂先輩に事の顛末を説明できる、そう踏んだ私は、初めて自ら先輩へと声を掛けた。

「あの、東堂先輩」
「!なんだね、ナマエちゃん」
「一番最初に、私に声を掛けて頂いた時の事なんですけど……」


***


「……と、いうわけなんです」
「……」

東堂先輩に事の顛末を全て話し終えると、当たり前だが東堂先輩は黙ってしまった。自分が良く接してきたファンだと思っていた女生徒が、実はファンではなく、しかも自分の人気の高さを利用されたなどと知ったら普通は怒るか落ち込むか、何らかのリアクションがあるはずである。私は、東堂先輩に呆れられるのを覚悟で話したのだけれど、東堂先輩の口から出てきた言葉は、罵倒でも怒りでも呆れでもなんでもなかった。

「……全て分かっていたよ」
「……え?」
「元々、ナマエちゃんのことは顔だけは知っていたのだ。いつも友人に連れられて練習に見に来ていることも、その様子から別段自転車部に興味が無いことも。だから、あの時俺の名前が上がったことも多分友人達の言及を逃れる為だったのであろうことも、気付いていたよ」
「じゃあ、何で……」
「ナマエちゃんに声を掛けたのか、か?……実は、俺がナマエちゃんを気になっていたのだ。話したこともない上に、顔しか知らない、けれど確かに俺はナマエちゃんが気になっていた。まぁ、所謂一目惚れというやつかもしれんな。しかし切っ掛けが中々掴めずにどうしたものか、と思っていた矢先に、ナマエちゃんが俺の名前を上げてくれたので、それを足掛かりにして接点を持とうと思ったんだ。……上辺だけの言葉だったかもしれないが、俺にはナマエちゃんの言葉が嬉しかったよ、ロードに乗っている筈なのに魔法の言葉のようによく聞こえたんだ」

そう言って東堂先輩は、いつもとは違う風にふっと笑った。それに、少しだけどきりとする。
そんなことを真正面から言われてしまえば、やはり興味はないと言っても動揺するし、嫌でも意識してしまうというもので。その言葉を聞いた私は、ろくに東堂先輩と喋りもせずに図書館を飛び出してしまった。


***


それから暫くは、極力東堂先輩を避けてきた。あんなことがあっては、まともに会話できるとも思えないし、そもそも何を喋ればいいのかも分からない。友人達はそれを不思議がっていたけれど、なんとか曖昧に誤魔化して今日まで過ごしている。あの東堂先輩に、告白紛いの言葉を貰いました、なんて一体誰に相談できるというのか。友人に口が滑った次の日には、どれだけ釘を差したって校内中に広まっているに決まっているんだから。
しかしそんな努力も虚しく、現在進行形で私は今東堂先輩に捕まっている。廊下でばったりと出会してしまい、咄嗟に逃げようと来た道を逆走しようとしたけれど、それよりも早く動いていた東堂先輩にぱしりと右手首を掴まれた。振り解こうと必死にもがくけれどまぁ、そこは男女の差であるから振り解けるわけも無く。そして現在に至る、ということである。
冷静に頭は状況を解説しているけれど、心臓はどきどきと早く拍動を刻んでいるし、顔も熱い。きっと、私の顔は今真っ赤なんだと思う。この前の言葉に加えてこのシチュエーションと来れば、いくら疎くたってどきどきぐらいする。

「……ナマエちゃん、こっちを向いてくれないか」
「……」
「ナマエちゃん」

強く、切実に言われてしまえば振り向く他無い。振り向いたら東堂先輩の見透かしたような、真剣な目に流されてしまいそうだったから、決して振り向くまいと思っていたのに。

「ナマエちゃん、」
「……な、んですか、東堂先輩」
「やっぱり、俺はナマエちゃんが好きなんだ。一目惚れなんていう曖昧な理由だが、それだけははっきり言える」
「……気持ちは嬉しいです、けど。……私には、自分の気持ちが分かりません。東堂先輩が好きなのか、そうじゃないのか。……そんな曖昧な気持ちで、応えるわけにはいかないと思うから、だから……」

自分が出している声は、思ったよりか細くて掠れた声だった。正直、どうして此処まで悩んでいるのか自分でも分からないし、どうすればいいのかも分からなかった。でも、ただ漠然と、生半可で曖昧な返事をしてはいけないということだけは、明確に私の中にあった。

「……俺は、別にそれで構わんよ」
「……え?」
「迷っているのなら、それでいい。ただ、俺がナマエちゃんを好きだという事実は覚えておいて欲しいのだ。……なにせ、天に三物を与えられた男、東堂 尽八だからな!俺は。好きな子一人を落とせずに、何がトークも切れる美形か。だから、もし迷いがあるというのなら、その迷いが断ち切れるようにナマエちゃんを惚れさせてみようではないか!」

けれど、東堂先輩は私の中にあった明確なものを壊すように、わっはっは!と笑って東堂先輩はびしりと人差し指で私を指さす。そしてそれから笑って言うのだ、

「ナマエちゃんを必ず、俺に惚れさせてみせようではないか」

と。

「……東堂先輩」
「どうした?」
「もう、その笑顔と台詞だけで、十分ですよ」

そうして私は東堂 尽八先輩という人に、心を奪われたのだ。





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