恋にピストル1
私が二ヶ月ほど前に入学したこの箱根学園には、二人の有名人がいる。東堂 尽八先輩と、新開 隼人先輩という二人の先輩で、二人共自転車競技部というちょっと変わった部活に所属している。その二人は俗にいうイケメンという部類に入る人達で、この学園の女生徒から多くの好意を寄せられているし、ファンクラブなんてものもある。仲の良い友人達は皆自転車競技部の部員(その二人が特別モテるだけであって、他にもイケメンはいるらしい)に憧れというか好意というか、まぁ、そういう類のものを寄せているけれど、別段私は興味が無い。けれど、あまりにも友人達があの人があぁで、この人がこうでと喋ってくるし、挙句の果てには一緒に自転車競技部の練習の見学に引き摺られていくのだから、嫌でも先程の二人の先輩は分かるようになった。つまり、有名の基準はあくまで私の中で有名、ということである。


そんなある日、いつものように友人達に引き摺られて自転車競技部の練習を見に来ていた時の事。目当ての人物が通り過ぎていったのか、友人達はこぞって私の方を振り返って口を開いた。

「ねぇねぇ、ナマエは自転車部の中だったら誰が一番格好いいと思う?」
「は?」

まさかそんなことを聞かれるとは思っておらず、素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまった。そりゃあそうだろう、彼女達は私が自転車競技部に興味が無いのを承知の上で此処に連れてきているのだから、誰が格好いいとかそういう感情が無いのは知っている筈だから。それを知った上で聞いてくるというは、野暮というものではないだろうか。

「だから、誰が一番格好いいと思う?って話」
「いや、だから私興味ないっていつも言ってるじゃん」
「それでも!こんだけ付き合わせてるんだから一人や二人くらいそう思う人がいるでしょ!」
「えー……」
「私は新開先輩かなぁ」
「私は真波君!ちょっと抜けてるけど、見た目だけなら普通に格好いいし」
「で?ナマエは?」

途中でマナミ君とやらに失礼な言葉を友人が言ったような気もしたが、それには敢えて触れなかった。しかし振り切ろうと思っても、どうにも逃してくれそうにない雰囲気である。はぁ、と心底面倒くさそうに溜め息を吐き出した筈なのに、友人達のきらきらとした視線は消えてはくれない。此処はもう適当に名前を上げて逃げ切ろう、有名人ならば「あの人はモテるもんね」で納得して貰える筈だ。

「あー……、じゃあ、その、東堂先輩、とか、かな……」
「ほう、そこの女子!今俺のことを格好いいと言ったか!」
「!?」

私の中で知っている自転車競技部の内、新開先輩の名前は上がってしまっていたのでせめて被らないようにして語り合うのを避けよう、という算段で東堂先輩の名前を上げた。しかしそれが裏目に出たのかなんなのか、後ろから今私が名前を上げた先輩の声が聞こえてきて思わず肩が跳ねた。しかも、そこの女子って明らかに私を指しているだろう。まさか自分が相手の名前を言った時にその相手が横を通り、しかもその言葉を聞き取ってしまっているとはなんという不運だろう。私の下らない呟きの為に、東堂先輩はわざわざロード(というらしい)を停めてまで私に声を掛けている。両隣の友人達は黄色い声を上げているけれど、私はそれどころじゃなかった。

「えっ、あ、いや、その……」
「恥ずかしがらなくてもいいぞ、別にこの俺に惚れるのは可笑しな事ではないからな!…そうだ、名前はなんというのだ?」
「え、一年のミョウジ ナマエです……?」
「そうか、ナマエちゃんというのか。……よし、覚えたぞ。ではナマエちゃん、この俺の山をも眠らせる登りを見るがいい!」

なんとか誤魔化そうと言葉を選んでいる内に、あれよあれよと会話は流れていき、つい反射で名前を教えてしまった。しかも東堂先輩はしっかりと頷いて私の顔と名前を覚えたと言う。そうして、東堂先輩は豪快に笑ってから再びロードのタイヤを回して進み始めた。
……あぁ、面倒な事になってしまったと隣で羨ましがる友人達を尻目に私は再び盛大に溜め息を吐いた。



そしてそれ以降、何かと東堂先輩は私に構ってくるようになった。
食堂で出会えば必ず隣や目の前の席に腰を下ろすし(しかも自転車競技部と思われる方々とわざわざ離れてまで)、廊下ですれ違えば名前を呼んで手を振ってくれる。毎度の如く無理矢理引き摺られていく自転車競技部の練習では、何故か毎回ペダルを漕いでいる東堂先輩と目が合う、等々。その状況を周りの人達は羨むけれど、私としてはその場凌ぎの為に言い方は悪いが利用させて貰っただけであったから、鬱陶しいを思う他無かった。

……なんとかして、東堂先輩の誤解を解かなければ。





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