財前尹月。
財前尹月。
財前、尹月。
何度も何度もその文字を指でなぞっては、ふふふと笑いが込み上げた。私宛てに届いたただのダイレクトメール。化粧品の紹介が載ったその葉書に書かれた私の名前。何の変哲も無いそれが、とても素敵なものになる。
財前尹月。
「何にやにやしとるん」
寝室から光がゆっくり出てくる。低血圧な彼が自分から朝起きて来るなんてあるはずも無く、現にもうすぐお昼だ。黒に近いグレーのスウェットをもふもふしながら光がリビングにやって来た。
「見て」
「…"財前尹月様"これを使えば十代の肌が蘇りま」
「財前尹月、だってさ」
葉書を光にちらちらと見せる。光は無表情のまま、ふっと笑った。
「…せやな」
「あ、今バカにした」
「してへん」
「した」
「してへんわ」
俺も、嬉しかった。
そう伝えるかのように光のキスがおでこに降ってくる。ふにゃ、と柔らかいキスと笑顔。温かな日差しが差し込むこの家で、私達の生活は始まった。
「せや、今日で四ヶ月なんちゃうん」
「あ、よく覚えてたね」
まるくなりつつある私のお腹。さあ、もう一人を迎える準備をしなくちゃ。
100621