腕に刺さった点滴も、食後に飲まされる錠剤も、みんな君には敵わない。



「精市、桃買ってきたよ」

「え…高かったんじゃないか?」

「そこのスーパーでセールしてたから、おばさん達に紛れて買っちゃった」



形の良いまるい桃を持ってにっこり笑い、尹月がベッドの横の椅子に腰掛けた。俺のくだらない入院生活の唯一の楽しみ。それは尹月がお見舞いに来てくれる事である。そりゃテニス部の皆が来ても嬉しいけど、あいつらは少し騒がしいからね。真っ白な病室が尹月色に染まるのが俺は嬉しい。



「いっつもリンゴばっかりじゃ悪いもん…経過は?」

「ああ、順調だよ。手術も成功したし、あとちょっとで退院出来るって」

「…良かったぁ」



尹月は桃を剥き終わると半分に切って、それをまた幾つかに切った。



「あんまり食べるとお腹に良くないから、半分こね」

「ん」



尹月が桃を俺の口元に運んだ。俺がそれを食べるのを迷っていると、汁が零れるから早く、と急かされた。ムードもあったもんじゃないな。それが尹月の良いところだけど。



「…甘い」

「でしょ、ってわあっ」



汁が零れたら勿体ないからね。ちゅう、と尹月の指をくわえて舐めると、尹月は驚いたり赤くなったり忙しそうにしていた。忙しなくコロコロ変わるこの顔が好きだったりする。



「もう、もう!」

「はいはい」



ふやけて皴の出来た尹月の指を放す。したら、尹月に頬を軽く抓られた。



「いたいいたい」

「精市が変な事するから!」

「治療みたいなもんだよ」

「はぁ?」

「尹月が来た日は体調が良いって、先生も看護師さんもみんな言ってるよ」

「そりゃ…どうも」

「ね、それより次まだ?」



尹月は渋々次の桃の一切れを摘んだ。これは桃のかけらが無くなるまで続く事に尹月はいつ気付くだろう。
早く退院はしたいけど、この毎日も満更じゃないかもって考えてたら、頭の隅で真田に怒られた



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