悪阻の酷さには個人差があるというが、私は他人のそれを聞きたくない。まさかこんなに私は悪阻の重いタイプだったとは。前から人より生理が重かったが、悪阻まで酷いとなると自分の身体に呆れざるを得ない。



「はー、謙也…蹴らせて…」

「ちょ、酷ない?」



私の足元(ソファの近く)で洗濯物を畳んでいた謙也を爪先でつつく。謙也は最後の靴下をきゅっと纏め、私の足を避けながら立ち上がった。



「…なんか聴くか?」

「あー、クラシック聴くと良いんだっけ」

「…クラシック…ないわ…」

「チ、役立たず」



ぼろいコンポ(謙也が中学生の時から酷使している)周辺を探す謙也。体調の悪い私の機嫌を損ねるのがどれ程厄介か謙也も分かっているらしい。「とりあえず気ぃ紛らわせるんやったら…」と言いながら何かのCDを入れた。



「ん、いい曲…てこの曲テンポ早!」

「財前に頼んで特別に作ってもろたねん」

「ちょっと、希代の作曲家に何て事を」

「『まぁ昔のよしみやし、しゃーないすわ』とか言いながら作ってくれたで。なぁなぁ今の俺の物真似どや!?」



知るか!そういえば結婚式の時も何曲か作ってくれてたよね…。何だかんだで良い子だ、財前君。



「この曲名は?」

「え、曲名?」

「あるでしょ、曲名…」

「…す」

「す?」

「…す、スピード…スター…」

「ちょ、あはは!なにそれ!黒歴史じゃん!」

「タイムマシンがあったら十年前に戻って昔の俺殴りたいわ…」



謙也のお陰か財前君のお陰か、随分と気が紛れた。財前氏グッジョブである。




100519
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