「げん、いちろ…」

「澪緒、澪緒」

「痛い」

「ああ」

「痛い」

「…ああ」

「痛い痛い痛い!」



昨夜から腹が痛むと言い出した澪緒を掛かり付けの産婦人科へ連れて行った。臨月になり大きく脹れた腹を摩ってやりながら診察についていくと陣痛が始まっているらしい。そして澪緒はそのまま入院となった。最初は澪緒もにこやかに俺と話せるほど余裕そうだったのだが陣痛が始まって約半日、澪緒の苦しみ方は尋常ではなかった。情けなくもどうしたら良いのか分からずうろたえる俺に、なぜ私ばっかりが、と澪緒は苦しみながらいつめの彼女らしくもない毒を吐いた。
周期的にやってきていた陣痛はその間隔を徐々に狭め、今は彼女に休む暇すら与えようとしない。俺は遅れて到着した澪緒の母と共に澪緒を慰め続けたが、時折澪緒は錯乱状態になり壁を蹴ったり俺を叩いたりしている。



「あ、痛い痛いいたたたた」

「澪緒、しっかり息をしろ」

「澪緒、まだ力んじゃだめよ。弦一郎君の言う通りちゃんと息をしなさい」

「ふぅ、う、い、痛い!」


澪緒が苦しむ姿を見て、俺は思わず澪緒がこのまま死んでしまうのではないかと心配になった。 たまに部屋に様子を見に来る助産婦の手が澪緒の血で真っ赤に染まる度に目を塞ぎたくなってしまう。こういう時ほど、男の弱さが身に染みた事はない。
澪緒が苦しむ事数時間、ようやく助産婦は澪緒を分娩室に入れる判断をした。



「そろそろ開いてきましたね。分娩室へ行きましょうか」

「俺は…」

「旦那さんは立ち会いされますか?」

「はい」

「ではついて来て下さい」



澪緒の乗る台に続いて俺は部屋を後にする。少し歩くとそこには銀の分厚い扉、分娩室と書かれたそこに辿り着いた。俺はゴム手袋と髪をまとめるための帽子を着け、澪緒の乗る台の脇で澪緒を見守る。一生懸命力む澪緒を見てようやく俺は子が生まれるという実感が湧いた。


「頭が出てますよ!あともう少しです頑張ってください真田さん!」

「うぅ、う」

「澪緒!」

「弦いち、ろ…!」



澪緒は俺を一瞥するとまた呻き始めた。俺はその時間が一瞬のようにも永遠のようにも感じた。旦那さん、と声を掛けられてはっと気付くと目の前にはクリップとハサミを差し出されている。



「臍の緒をクリップで止めて、切ってください」

「お、俺がするんですか!?」

「弦一郎…」



お願い、と澪緒に頼まれ俺は恐る恐るクリップとハサミを手に取り、澪緒と赤ん坊を繋ぐ緒を切った。



「男の子ですよ」

「男…弦一郎、男の子だったね…」

「澪緒の読みが当たったな」



生まれる前、澪緒は男、俺は女と予想を立てていた。今回生まれたのは男だったので、澪緒の勝ちになる。



「約束通り指輪、買ってね」

「…いいだろう。さあ、少し休め」



かなり窶れたように見える澪緒の姿が少し痛々しくて、俺は澪緒に眠るように促した。どうせ暫くは病室には戻れないのだ。
澪緒が瞼を閉じてから少しして、奥から産湯を終えた俺の"息子"がやって来た。助産婦に抱き方を教わり、恐る恐る抱いてみるとそれはとても小さくて、聞けば3000gも無いらしい。あまりに軽く小さいので心配になったが、異常は見られないと聞いて安心した。
まだ目も開かない赤ん坊は、鼻筋が澪緒に似ていた。きっと澪緒似の綺麗な顔立ちになるのだろう。俺は未だ見る事の無い未来の期待に胸を膨らませた。










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