朔が早退したあの日から数日が経ち、俺達はもう出願を終えそれぞれの勉強に取り組んでいた。俺と小春だけの図書室でシャーペンがノート上を走る音だけが響く。小春に借りた分厚い参考書をめくりながら俺は黙々と過去の入試問題を解いていた。
「朔ちゃん」
小春は唐突にそう切り出した。俺は一緒何の事かが分からず呆気に取られたが、すぐにその意味は分かる事になる。
「朔ちゃん、ずっと無理しとったんやね」
最近朔の笑顔に影が差すようになったのは俺のせいだろう。俺達はテニスの修業とはいえ朔に寂しい思いやつらい思いをさせていたのだ。それでも朔が俺や小春のそばに居てくれるのは、朔が"腐れ縁だ"と言い放った俺達の切っても切れない関係のお陰だと思っていた。幼なじみで、気付けば隣には朔。その状況に俺は甘えていたのだ。朔が居ることが当たり前になって、朔をそでにする事も度々あった。
そして朔は不満を持っていない、と思ってもいた。ひどい自惚れだと思う。
「朔ちゃん、大丈夫なん?」
「俺に聞かれても、知らんわ」
「ユウくんなら分かるかなぁ思て」
小春の言う通り、俺には朔の様子を伺う事の出来る"近所"という環境があった。そのくせ俺はここ数日朔を見る事は無かった。
朔が居なくなろうと俺の生活に変わるものなどあるはずがないと思っていた。ただ朔が居なくとも、小春さえ居れば俺は俺で居られるのだと。だが今はどうだろう。朔が離れてから俺も小春も、何かがおかしい。どこか、駄目になってしまいそうだった。
「はよせな、卒業まであっという間や。それまでにヨリ戻さな終わりやで」
小春の言葉は今までで一番重く、男らしかった。
100226