今日は公立の推薦入試のためか、クラス中の何人かが居なかった。小春ちゃんもその中の一人で、今頃K高で頑張っているのだろう。推薦で抜けている人が多いためか授業も午前中で終わってしまい、私は早速暇になってしまった。今日も蔵と図書室に行こうかと思ったがさっきから蔵の姿が見当たらない。仕方なく私は一人図書室へ向かった。もしかしたらここに居たら来るかもしれない。
問題集を開き、筆箱からシャーペンと消しゴム、定規コンパスを取り出し解答用紙へ書き込んでいく。いつになく静かな校舎で、私もいつになく集中して取り組むことができる。



「朔」

「蔵?」



私はドアに背を向けて座っているので姿は分からないが、それは蔵の声だった。私は計算式を写すのに必死で、振り向く事をせず聴覚を働かせる。



「先始めとるよー」

「朔」



ギシギシと図書室の床が軋み、蔵が私の背後へ近付いてくる。そしてふわりと優しく、椅子越しに私を抱きしめ囁いた。



「…なにー」

「好きや」



突然の告白に私は頭の中で思い浮かべていた計算式を飛ばしてしまった。それを言ったのが本当に蔵ならそうはならなかっただろう。蔵が甘い台詞を吐くのは珍しい事ではない。だが後ろにいるのは蔵ではないのだ。声の質、雰囲気や抑揚まで全てが蔵だった。だが後ろから抱きしめられた時に気付いてしまった。これはユウジだ。ユウジの匂いを、私は、私の鼻は忘れる事は無かった。蔵とは微妙に違う男の人独特の匂い。小さな時からずっと一緒に居たユウジの。きっと今この世界で私が一番落ち着くかおりはユウジのそれだろう。大好きなそのかおりを、私を抱きしめるその人は纏っていた。



「…」

「好きやねん、お前ん事」



抱きしめた時、蔵ではない、とばれないようにかユウジの左手には丁寧に蔵と同じように包帯が巻かれていた。そこまでして彼が何を伝えたいかは十分に分かった。苦しかったのは私だけじゃない。小春ちゃんへの気持ちの整理、私との関係。ユウジは答えを見つけたんだ。
私は?私はどうすれば良いんだろう。今私には蔵が居る。けどユウジは?私の初恋の人。私が今好きなのはどっちなのだろう。



「…ゆ」

「!」



私が口を開くと同時にユウジはぱっと私から離れ、走り去って行った。私は慌てて振り向きその姿を見る。左手に包帯を巻いてはいるが、緑のバンダナに深緑の髪、それはユウジ以外の何者でもなかった。



「…ユウジ」




100314


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