「な、に…?」

「ちょっと話があるんよ。今ええ?」



小春ちゃんに全く敵意は感じられなかった。あの時私が一方的に怒り、逃げてしまった後は話す機会が無かったせいで、こうやって二人で話すのはかなり久しぶりな気がした。



「朔ちゃんに、言うとかなあかんことがあるねん」

「私?」

「アタシも色々考えて…そんでこんなに遅なってもたんやけど。やっぱり言わなあかんな」

「…」



次に小春ちゃんの口から飛び出したのは、予想だにしなかった事だった。



「ユウくんがK高校受ける事…アタシも朔ちゃんに言われるまで知らんかったねん」

「…え!?」



小春ちゃんが言うにはつまりこういう事だ。
ユウジが三者面談の際、丁度その教室の前を通った女の子が居た。その子は立ち聞きするつもりは無かったらしいが、耳に入ってきたのはユウジがK高を受けるという事。人の口に戸は立てられぬの言葉通り、その噂は水面下で広がり、女子の間で話題になった。小春ちゃんやユウジの耳にその噂が入るよりも前に私に伝わってしまったのだ。



「ユウくんな、アタシに全然そないな話してへんかってん」

「…」

「朔ちゃんにも言うてへんかったみたいやし、多分ユウくん一人で考えとったんやろなぁ」

「せやから、あん時アタシが驚いたんは朔ちゃんがK高の事知っとるんもそうやけど、ユウくんがK高受けるて聞いたからやねん」

「じゃあユウジが驚いとったんは…」

「何で親と担任にしか言うてへんのに朔ちゃんがその事知っとんか、っちゅー驚きや」

「せやから、アタシら二人で朔ちゃんに秘密作っとった訳やないねん」

「小春ちゃん…っ!」



自然と涙が溢れてきて、私は小春ちゃんにだきついていた。ごめんな、ごめんなと謝る私を小春ちゃんは優しく包んでくれた。



「私ばっかり…勘違いやった…」

「誰にでもあることや。しゃあない」



どうして私があの時あんなに寂しくて辛かったのか。それはK高を受ける事をユウジの口から直接聞けなかったからだ。だけどそれは違った。ユウジは誰にも言わなかったんだ。小春ちゃんにも。



「ユウくんな、朔ちゃんの事気にしとる」

「ユウジが…私を?」

「ユウくんは、」

「小春!」



図書室の引き戸を勢いよく開けて入ってきたのは、私が望んだ深緑でなく、ミルクティブラウンの蔵だった。





100310


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