ずたぼろ終幕





「嫌い」



ひなた、今まで黙っとってごめんね。



「嫌い、嫌い、嫌い!」



ばってん、そんな事言わんで。
俺が好きなんは、ひなただけたい。



「嫌い!」



ぱん、ひなたに伸ばした俺の手は渇いた音を立てて叩き落とされた。ひなたの白い手が震えている。俺の手を払ったその手を、何か嫌なものでも見るように。



「汚れる」



ひなた、



「汚れる。わたしが汚れる。触らないで。触らないで!」



ヒステリックに泣き叫ぶひなたを見て、泣きたいのはこっちだ、と俺は笑った。







「…ひなた!」



ほぼ無意識のうちに俺は上体を起こし、彼女の名前を叫んでいた。オレンジ色の豆電球に照らされるこの部屋は、謙也の部屋だ。この部屋の主は、居ない。謙也は研修している病院の近くに部屋を借りている。一人暮らしのくせに他人に家を預けて出かけるなんて、本当にお人よしだ。掛けられていたタオルケットをうっとうしさにベッドから放り投げる。汗だくだ。汗でTシャツが、量の多い髪が張り付いて不快だ。勝手知ったる他人の家とはまさにこれ。ベッドサイドのチェストの上に置いてあったエアコンのリモコンを引っつかみ、冷房をかける。さほど蒸し暑いわけではないが、寝汗が酷い。先程の夢のせいだろう。実は、ひなたに再会した時からごくたまにあの夢を見る、俺の過去を知ったらひなたはきっと。不特定多数の女と肉体関係があって、そんな男に初めてを奪われてしまって、辛いのはひなただ。ひなたはもっと綺麗に居られるはずだった。
そういえば、謙也はどこに行った?行く宛が無く仕方なくたどり着いたここだった。安心して、いつの間にか眠ってしまったため当の謙也が何をしていたかが思い出せない。謙也には悪いが、情けない事に俺はひなたの事で精一杯だった。謙也は事情を知っている。相談をして、その後俺は寝てしまって。部屋の明かりに繋がる紐を何度か引き、電気を点ける。ぱっと明るくなった部屋に目が霞んだが、すぐに慣れた。



「…ひなた」



俺は独りで居る事に臆病になっていた。




101205









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