だから厭だったのに





インターホンが響く。
あれから寝てしまったのか、涙の跡のついたソファから身体を起こす。どのくらい寝ていたのかは分からないが部屋は真っ暗で、インターホンの明かりだけがぽつんと浮かんでいた。
もう一度響いたインターホンに、はっと頭が覚醒する。そうだ、お兄ちゃんが出て行って…

お兄ちゃんが、帰って来た?



インターホンを見ると、どうやらマンションの共用エントランスからでなく、玄関のものらしい。よろけながら玄関まで走り、開けっぱなしだったドアに体当たりするようにそれを開いた。



「おにい…!」

「えっと…こんばんは」



そこに居たのはお兄ちゃんでなく、派手な髪色をした若い男の人だった。短い金髪で、お兄ちゃん程ではないが背が高い。整った顔立ちをしている。私が突然出て来た事に驚いた顔をしていたが、すぐに柔らかく人懐こい笑顔を浮かべ、関西のアクセントで挨拶をした。
だが、知らない男である。お兄ちゃんも居ない今、この家には私しか居ない。
怖くなった私は慌ててドアを閉めた。いや、閉めてはいない。正確には閉められなかったのだが。
何かがつかえている。下を見るとそこにはその男性のスニーカーが挟まっていた。真っ青になったであろう私をよそに、彼はにっと笑う。



「け…警察呼びますよ!」

「ちょ、ちょお待ち!俺、千歳の友達やねん!」

「お兄ちゃんの!?」

「お兄ちゃん…て事は、やっぱ自分がひなたちゃん、やな?」



こくり、と頷く。
お兄ちゃんの名前を知っている事に少しだけ警戒心を解く。



「千歳、今俺ん家おるねん」

「え!」

「あいつ、でかい図体してビビりやから…代わりに俺に話してほしいて」

「…本当、なんですか」



私が怪しがると彼は苦笑いを浮かべ、ポケットから携帯電話を取り出した。それを何度か操作し、不意に画面を私の目の前に突き付ける。



「ほい、これ証拠」



その人に見せられたのは一枚の写メ。そこには彼の家であろう部屋に、お兄ちゃんが寝て居た。泣いたのか、目を腫らして眠っている。



「信じてくれへん?」

「…」



私はゆっくりとドアを開けた。







彼をリビングへ通し、椅子をあてがう。彼は座るやいなや話し始めた。



「そういえば、自己紹介してへんかったな。俺、忍足謙也。千歳とは中学ん時おんなし部活やってん。テニス部」

「…」

「中学卒業してからも千歳とは連絡取っとったんやけど、最近、多分自分と同棲始めた頃から連絡途切れてな。さっきいきなり千歳来てびっくりしたわ」

「…すいません」

「はは、なんで自分が謝るん!」



明るく笑い飛ばした彼だったが、お茶を一度飲み唇を湿らせるとそこからすぐに真面目な顔になった。まっすぐと私を見ている。



「自分に話すんは、千歳の家の事や。さっきも言うたけど、千歳はびびりやから、自分に嫌われたない思て何も話さんかったんやと思う。こんな事になっても千歳は自分で話すんは怖い言いよった。そんだけ、"ひなたちゃん"の事好きなんやろな」



茶化すような言い方は何も無かった。ただ、彼は言葉を選ぶように、それでいて早口に喋った。



「…今から話すんは、千歳が一番自分に知られたなかった事や。自分はどうなん?知りたい?」

「…はい」

「何聞いても千歳を嫌いになるな、とは言わん。けど、もし嫌いになったら、あいつの事は忘れたってくれ」



頼む。と、忍足さんは深く頭を下げた。他人事にもここまでしてくれる忍足さんとお兄ちゃんの友情を感じたと同時に私は、覚悟をした。



「話して、ください」





100718









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