水浸しの心





今日俺はオフ。ひなたも授業が無い。久しぶりに二人揃って朝食を食べ、一緒に昼食の準備をした。至って普通の休日だ。ソファに横になってうとうととしていた時、目の端に映ったひなたのハンドバッグ。そこから何かが落ちた。



「ん?」



ひなたのハンドバッグから顔を覗かせる手帳からはらりと落ちた、白いメモ。買い物のレシートだろうか。それならひなたが洗濯物を干している間、俺が家計簿につけといてやろう。そう思いメモを開いた。そこにあったのは買い物の記録ではなく、数ケタの数字。見慣れた懐かしいその番号の並びに一瞬目眩を覚える。なぜこれをひなたが。



「あ、お兄ちゃん、洗濯機の中に靴下残って…─」

「これ、どこで」

「…え、」



咎めるつもりでは無かったのだが、焦りからついきつい口調になってしまった。ひなたに隠し事をしているという、後ろめたさ。



「ま、前に…部屋の掃除したらメモが落ちてて…もしかしたら大切な暗証番号とかじゃないかなと思って…」

「…これ、俺の実家の番号たい」



ひなたは驚きもせず、ふいと顔を逸らした。知っていたのだろう。ひなたが見たというそのメモには、ミユキの名前が添えられていた筈だ。



「…お兄ちゃん」

「…」

「教えてほしいの。お兄ちゃんの事…お兄ちゃんやお兄ちゃんの家の事、もっと」

「知って、どげになる。ひなたには関係なか」

「…関係、ない?」



ひなたの顔から笑顔が消えた。ショックのあまり、表情が失せてしまったのか、怒りを堪えているのか。



「じゃあ私はお兄ちゃんにとって関係無い人間なの」

「誰もそこまで言っとらん」



どうやら後者だったらしい。滅多に怒りを露にしないひなたの顔が、今はそれに満ちている。沈黙が続き、時計の針が淡々と秒を刻む音すら聞こえる。



「…って」

「は」

「出て行って」



冷たく言い放ったその台詞を俺の脳が理解するには時間がかかったが、理解してからの俺の行動は早かった。ひなたに背を向け、リビングを出る。肌寒い外の空気に堪えられるよう上着を一枚羽織り、靴は爪先を引っ掛けただけ。とにかく一秒でも早く俺はこの家を出たかった。



100518









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