胃袋と指輪








ばかあ!と鼓膜が破れるかと思う程の大声でこづえはそう叫んだ。



「こづえ、なぁ、悪かったって」

「ひっ、ひか、光のっ、あほぉ…」

「ごめん、ごめん」



今日は俺の誕生日。同棲中の彼女はそれはもう、俺よりこの日を楽しみにしていた。俺もそう、こづえが何をしてくれるのか楽しみにしていた。
こづえが作ってくれたのはケーキだった。ベタやなぁと思いつつもそれを完食。目の前でによによと俺を見つめるこづえを心底かわいいと思いながら、砂糖のたっぷり入った紅茶を飲み干した。
すると、こづえの顔が段々と曇っていく。



「あれ…光…?」

「なん」

「…全部、食べ、た?」

「おん」

「え!え!えええ!どうしよう!」



慌てふためくこづえになんやねん、と肩をひっ掴んで問うと、真っ青になった顔で震えながら言った。



「ケーキの中に…指輪、入れてたの…」

「はぁ!?」



こいつ、洋画見すぎやろ(偏見)。そんな世界びっくりニュースみたいな事を本当にやらかすとは思わなかった。
入れたこづえも悪いが、気付かずに食べてしまった俺も悪いのだろうか。というより鈍過ぎる。俺のあほ。
ぽろぽろ泣くこづえを抱きしめて、背中を摩った。俺も相当こづえに甘い。



「光、ごめん…」

「ええって。大丈夫や、こづえ」

「うぇ…?」

「明後日くらいには下から出て、」

「ばかぁ!」



そして冒頭に至るのだ。



「光の、ばか…」

「…すまん」



さっきのは流石に、こづえを励ます為に言った言葉とはいえこづえの気持ちを考えていなかった。そら嫌やわな。自分のプレゼントがそないな事なったら。とりあえず腹の中のコイツがどうなるか、病院行って看てもらってから。



「こづえー、ほな俺病院行くで」

「…ん、診察券」

「すぐ帰るから」

泣いたせいか少し汗ばんだ額にちゅ、とキスを落とす。こづえは相当凹んでいるのか反応が薄い。出掛けようと車の鍵を置いているキッチンのカウンターに近付いた時、俺は目の端にあるものを捉えた。




ソファで体育座りをしたこづえに近付く。細い肩を抱き、左手を翳して語りかけた。



「こづえ」

「…」

「こづえ、これ」

「あっ!」



俺の左手の薬指に嵌まっていたのはこづえからのプレゼントだった。俺はこづえの指輪を飲み込んではいなかったのだ。
恐らく、ケーキに入れ忘れていたのだろう。カウンターに置き去りにされていた。流石はドジな彼女。俺のこづえ。
こづえにその事を話すと、安心したのかまた泣いていた。



「よかった…」

「これ、貰てええんやんな?」

「うん…」

「あと…俺からも、こづえに」



最近全然渡すタイミングが無くて、ずっとジーパンのポケットの中で眠っていた銀色のリングを見せた。この際渡してしまえ。



「そろそろ、籍入れへんかな、って」

「光」

「ん」

「これ、どこに?」



涙やらで潤んだ上目遣いで尋ねられ、俺はやたら紳士的にこづえの左手を取った。こづえの薬指にそれをそっと嵌めていく。ぴったり。

"お互い指輪嵌めて、結婚式みたい"

そうはにかむこづえを抱きしめて、ケーキのように甘いキスをした。


HAPPY BIRTHDAY 財前!



100720




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