君には全部お見通し
「…こづえ、大事無いか?」
「は、はい」
「あともう二駅だ。すまないが、もう少し辛抱してくれ」
「はい…っ」
立海マネージャーの私。柳先輩と二人で練習メニューの話をしていたら、いつの間にかとっくに日は落ちていて、真っ暗になっていた。こう暗くては女子一人では物騒だろうという事で、柳先輩が家まで送ってくれると言った。柳先輩の家と私の家とでは正反対なので、そんな事をしたら柳先輩が帰る頃にはいよいよ物騒な時間帯である。そう言って断ろうとしたら「俺は一人では夜道も歩けない男に見えるのか?」と言われ、つい先輩の提案を受けてしまった。
帰宅ラッシュと重なった事に加え電車は遅れていたらしく、ぎゅうぎゅう詰めの車内で鮨詰め状態になっていた。柳先輩は私を壁際に立たせ、私を守ってくれている。
柳先輩が近い。先輩が薄く汗をかいている。
「…く」
「せ…んぱっ」
電車が減速し、次の駅に着く。人が減るかと思いきや、乗って来る人の方が断然多い。先輩と私の密着度が上がる。先輩の制服の校章が目の前にある。部活後独特の制汗剤の匂いがした。
こんな時にこんな事を考えるのは不純かもしれないが、次の駅に着かないでほしかったり。
「こづえ…」
「柳、先輩…!」
「あ、先輩、ここです」
「そうか。随分と、近く感じた」
「あ…わ、私もです」
家の前で立ち止まり、二人黙り込む。柳先輩のセリフをどう捉えたら良いのか分からずとりあえず私は門に手を掛けた。
「では、また明日」
「はい。柳先輩も気をつけて」
「ああ…そうだ、一つ言い忘れていたのだが」
半分程門の中に入っていた身体を引き返し、柳先輩を見つめる。言い忘れた事って何だろう。
「はい?」
「俺も、駅に着くのが嫌だった」
それだけだ。と言い残し、柳先輩は闇夜に溶けた。
100604