モルヒネ






謙也の泣き顔を見たのはいつぶりだろうか。
中学生の頃、全国大会で負けた時。医大に合格した時。箪笥の角に小指をぶつけたときなんかも泣いてたっけ。けど、今度のは違う。今までのどんな時よりも悲しかった。



「俺が、もっと、ちゃんとしとったら」

「…」

「あの人は助かったん、かもしれん」

「…わかんないよ」

「せめて、家族が来るまで、保てたかもしれん」



今日、謙也の担当していた患者さんが亡くなった。
謙也はまだ研修医だから、その患者さんの全てを診ていた訳じゃない。研修医とは別に主治医の先生が居るのだ。その患者さんの話は私も前から聞いていた。生まれた時から疾患を持っていて、余命が決まっていたらしい。けど謙也や主治医の先生の懸命な対応によって、宣告されていた年数を越えて生きていた。このまま快方に向かえば良いのにとついこの間まで言っていたのだが、昨夜いきなり容態が悪化。勤務を終えて帰宅していた謙也も駆け付けて処置をしたそうだが、努力虚しくそのまま息を引き取った。



「人って、なんであんなに簡単に死んでまうんやろか」


謙也はこれから一体いくつの死を見ることになるのだろうか。心優しい彼は。



「こづえ、あったかい」



私の手を握り、涙で濡れた顔のまま謙也が呟く。
彼がその時握った手は、どれ程冷たかったのだろう。暖かい私の手を握り、安心したのか赤ちゃんのように私にもたれる謙也の頭を抱き寄せた。
今夜はもう、謙也のPHSが鳴らなければいいのに。




100511
二万打リク作品




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