マイクレーン









「あっ、あああ」



目の前の透明な壁を叩き割りたいという衝動を抑え、私は悔しげにクレーンを睨んだ。ここのクレーンゲームはクレーンが緩い。緩過ぎる。ぬいぐるみにひっかかるどころかぬいぐるみの山に食い込みもしない。ならなぜ私は真昼間からゲーセンでこんな無謀に挑戦しているのかというと、ここに私の大好きなキャラクターのぬいぐるみがあるからだ。もちろん景品用の商品なので他では買う事ができない。財布から次々と無くなっていく小銭。だが私は挑戦し続けた。ここまでやって手ぶらで帰るのは気が引ける。そう何度も思う度に銀色の硬貨をまた投入した。
何度目の挑戦になっただろうか。依然としてぬいぐるみが落ちる気配は無い。もう小銭も無くなった。仕方ない、次の千円で終わりにするかと私は両替機に向かった。



「…あ」



帰ってきたら、ぬいぐるみが穴に落ちるのが見えた。他の人の手によって。しかも私の目の前で。私が両替に行ったその隙の短時間で落としてしまったならなんてプロなんだろう。私自身クレーンゲームが上手いと自負していたのだが、やはり上には上が居るらしい。その人がのいたらまた挑戦しよう。そう思い私はその場をなんとなくうろうろしていたら。



「こづえ」
「は?」



急に名前を呼ばれ、はっと顔を上げるとさっきぬいぐるみを落としていた男の人が目の前に立っていた。否、その男の人は私の知らない人では無かった。しかも良く知った、



「ユウジ!」
「今頃気付くなや。結構前からこのゲーセンおったわ」
「うわ、私服なにそれ意外」
「かっこええやろ」



いつもの笑いのセンスはどこへやら、今日のユウジはやたら服のセンスが良い(だから気付かなかったのかもしれない)。普段見られない私服を見て、悔しいけど少しどきどきした。そして器用なユウジならぬいぐるみを落とせても何ら不思議では無いとも思った。



「あ、せや」
「何」
「コレやるわ」
「えっ、い…」



ユウジが私に差し出したのはさっきユウジが落としていたぬいぐるみだった。私より一回り大きいユウジの手にがっちりと掴まれたそれの目は可愛らしく私を見つめている。



「欲しかったんやろ」
「えっ、でも」



もしかして私が必死こいてクレーンゲームをしているのを見ていたのだろうか。



「お前の為に取ったんに、貰てくれへんかったらこいつかわいそうやん」



ぐに、とぬいぐるみの頬を突きユウジが何食わぬ顔でそう言う。もうここは「それ私が欲しかった色じゃない」と言うのはやめておこう。私が大人しくぬいぐるみを受け取ると、ユウジは眩しいくらい、にっと笑った。
ぬいぐるみどころか私まで落として、ユウジどんだけ器用なの!




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