チョコレートを溶かすように




同棲をしていてもバレンタインというのはやはり気合いの入るものだ。柳さんは薄味が好きだから、チョコレートそのままを贈るのではなくマフィンにする事にした。我ながら美味しそうに出来た。とりあえず柳さんが帰って来るまでに時間がある。"美味しそう"ではなく"美味しい"かどうかを検証するために私は自分用に作った余り物マフィンを食べてみた。なにこれごっつ美味しい。けどちょっと甘すぎたかも?柳さんにこれ三つってのはやり過ぎたかもしれない。仕方ない、ここは私が柳さんの為を想って一つ私がいただこう。あ、やっぱり美味しい、けどやっぱり味が濃い。仕方ない、あともう一つ。あともう一口。あともう一口。あともう一口。あともう一口。あともう。



「で、今日はバレンタインデーだなこづえ」

「お帰りなさい柳さん」

「もちろん用意してくれているんだろう?」

「はい、まあ」

「…で?」

「いや、作ったんですよ。マフィンを。さっきまでそこにあったんですよ」

「あっ"た"?」

「はい、ええ、何と申したら良いのか。あのですね、私が少し居眠りをしている内にどこからかやって来た小人さんがですね、柳さんのマフィンを食べちゃったんですよ」

「ほう」

「マフィンはそれで最後だったしチョコレートはマフィンに使い切っちゃったし、本当に困った小人さんですねぇ」

「ご丁寧にお前の口の端に食べかすを付けてくれたしな」

「まじですか!…あ」

「嘘はいけないな」

「…すんません」

「存外、期待していたんだが」

「…」



柳さんは困ったように笑い、靴を脱いだ。ああそうかここ玄関か。随分と長い戦闘ですっかり自分達の居場所を忘れてしまっていたようだ。どさり。自分達の居場所を忘れていたのは私だけではなかった。なんと柳さんもすっかり自分が居る場所の事を忘れているようだ。



「あの、重いです。あとさっき頭打ちました。痛いです」

「そうか。大変だな」

「いやん柳さんのエッ」

「チだったらどうする?」

「…らしくないですね」

「ああ、そうだな」

帰宅したばかりにも関わらず私の服の中に忍び込んできた柳さんの手はとても熱かった。









100216




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