「もし精市が下人だったら、どうしたかな」
文庫本を閉じてそう尋ねた。精市はまっすぐ私を見ている。ふいに目を逸らし、私から本を取り上げた。カバーの『羅生門』の文字を指でなぞってから、今度は精市が文庫本を開いた。
「羅生門、か。死人の髪の毛がどうこう、て話だっけ」
「うん」
「俺が下人なら、そうだな」
精市は風に吹かれるようにページをめくり、そして閉じた。小さな本が私に返される。
「…飢え死に、はしないだろうな。俺もいざとなったら、死人から着物を剥いだり、強盗をするかもしれない」
「そっか」
「君は?」
「わたし?」
私が下人だったら。私が下人だったらどうするだろう。死体を触るのは怖いし、強盗だって出来るかどうか分からない。答えに悩んで顔を上げると、またもぴったり精市と目が合った。
「あ」
「君は、どうするのかな」
「精市を探して旅に出る!」
「え?」
「だって、羅生門にずっと居るのは辛いから。精市を探して旅に出た方が良いかな」
「…やられたよ」
100528