ここのところ天気が優れない。
一日中厚い雲が空を覆っていて、低い位置から地上へ垂れこむように存在を主張している。
そこから降りそそぐ雨は涸れることを知らないようで、傘を手離せない日が続いていた。

とは言っても、サッカー棟がある以上雨だからと練習が流れるようなことはない。今日も変わらずただひたすら、言われたとおりにつまらない練習メニューをこなすだけだった。

「おはようございます、三国さん…って、あれ?神童は?」

特徴のある鮮やかな色の二つ分けに結んだ髪を揺らしながら、霧野が俺に問う。

「さあ、俺も知らないが…おまえは一緒じゃなかったのか」

逆に神童が霧野と一緒に来ないことにびっくりした。

「俺が掃除の当番だからあいつは先に行くって早くに教室を出たんで、もう先輩と練習始めてると思ったんですけど」
「そうか…」

入れ違いになったのだろうか。
まだ他の部員も来ていないから聞くこともできない。
神童が黙って帰るようなやつではないことはわかっているが、わからない以上このままここでじっとしているわけにもいかない。

「とりあえず俺が探しにいくから、霧野はあとから来る部員に事情を説明して先に練習をはじめておいてくれないか」
「あっ、は、はい!」

その後の指示だけを手短に伝えて俺は神童を探しに出ることにした。
自分の荷物から傘を引き抜きサッカー棟を出る。
校内を歩きながらなぜだかいい予感がしなかった。
ロッカーに荷物はあるし着替えはしたようだが、そこに残っているのは神童の気配だけで、本人自体はまるで神隠しにでもあったかのようにいない。
校舎内や思い当たる場所をひとつひとつ丁寧に見て回るがなかなか見つからない。監督にも音無先生にも聞いたが見ていないと首を傾げられた。一体どこに。
悶々と考えながらじめじめした廊下を歩いていたら、ふとすれ違った男子生徒の会話が耳に入ってきた。

「…―そういやさっき見たんだけどよ、サッカー部のやつが雨の中で一人ボール蹴ってて―…」
「まじかよ、訳わかんねぇ―…」

断片的にしか聞こえなかったが直感ですぐに神童だとわかった。
来た道を走って戻る。こんな雨なのに、まさか一人で。グラウンドを探す場所の視野にまったく入れていなかった自分に腹が立つ。

いそいで校舎を出て傘を開きグラウンドを見回すと、止む気配なんて微塵も見せずにグラウンドの土をぐちゃぐちゃにしていく雨の中に、ぽつんと一人でボールを相手にする神童がいた。

遠目から見てもびしょ濡れなのはわかりきっている。いつもはふわりと軽やかになびく髪の毛も、水分を吸ってぐっしょりと首や顔に張り付いていた。

下の方を向いたまま黙々とリフティングをする神童に、声をかけられないまま視線だけが釘付けになる。雨と距離のせいもあり神童の表情は伺えないが、肩を落としたその姿が痛々しかった。

こちらに気づいたのか神童はぱっと顔を上げて振り返ると、弱々しくにこり、と笑う。それを見た瞬間胸に様々なものが痛いほどこみ上げた。俺は神童へと駆け寄ると、神童が驚くのもかまわずにぎゅうと抱きしめた。雨に打たれ続けた体は冷えきっていて、それにまた胸がきしんだ。

「あの、三国、さん…?」
「…すまない…」

おろおろとうろたえるような神童の声。いきなりこんなことをされて戸惑っているんだろうけれど、今は離してやれそうにない。

「…、っごめ、なさい、サッカー部を…っ守れな…くて…」

くすん、と鼻をすする音が聞こえたあと、神童の声が頼りなく揺らいで肩口に温かい水分が染みるのを感じた。背中に回された細い腕に力が入る。同時に俺も神童を抱きしめる力を強めた。
はめたままになっていたグローブを外して、神童の頭をゆるりと撫でる。ウェーブがかかったやわらかい髪の毛が濡れた感触を手に伝えてきた。

ずっと重荷を背負わせていたこの背中は俺が思っていたよりもあまりに小さくて、そんな大事な、当たり前のことを、今さら知った。






抱きしめたかったのは(サッカーを守ろうと必死になるあなたの背中でした)








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拓人受け企画「愛だけが全て
に提出させていただきました

わたしが好きな三拓で
精一杯書かせていただきました

素敵な拓人受け作品の中で
自分が浮いていないか心配
ですが、参加させていただけて
大変嬉しかったです^^///

ここまで読んでくださり
ありがとうございました!

みつきさら/指先ピアニシモ




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