俺があいつを初めて見たのはイタリア代表選考のときじゃない。

目立つ赤いくせっ毛をふわふわと風にあそばせながら、女の子ならだれもがほだされてしまいそうな人懐こい笑顔でフィディオと話しながら歩いているあいつとすれ違ったのは選考会の3ヶ月ほど前だっただろうか。

振り向いたのは本当になんとなくだった。きっかけも何もなくて、ただ偶然に首をくいとそちらに向けただけ。あえて引っ掛かったかもしれない心当たりをあげるなら、あの特徴的な赤いくせ毛が目の端に留まったから、それも記憶としては曖昧だけれど。

オリーヴ色のまんまるな瞳がうれしそうに細くなって、長いまつげが揺れる。
そのたった0コンマ1秒で変わる表情から、そこに縫い付けられてしまったみたいに目が離せない自分がいた。そのときはそれがどうしてかなんて微塵もわからなくて、ただただ、くるくると春風のように入れかわる彼の表情を、自分のまぶたの裏に焼き付けようと必死だった。

親しげに話す相手がいる子に声をかけられるほど神経が太くない俺は、胸の辺りがちりちりと焼け付くような痛みを訴えているのを無視しながら、その二人を穴が開くぐらい見つめるしかなかった。

その日は彼の笑っていた顔ばかりが頭に浮かんでちっとも眠れなかった。
もう二度と会えるかもわからないような子にこんなに執着するなんて馬鹿だとわかっているのに、どうしても忘れられそうにない。
忘れよう忘れよう、と毎日そればかりに頭を支配された。街を歩くかわいい女の子に声をかけることすら意識の外に置いてきぼりになるくらい。相当だ。

そんな日々を過ごして3ヶ月が経ったある日。フットボールフロンティアインターナショナルに出場するイタリア代表選抜の日だった。

自分の前には、忘れようと努力したあのやわらかい赤毛を持った彼がいて、深いオリーヴ色の瞳で俺を見つめて手を差し出している。
手も爪も小さくて、白い指には絆創膏があった。何か手をよく使う仕事でもしてるんだろうか。

俺がじっと見つめながら色々考えを巡らせていたら、予想していたより高い声で、あの時よりもいっぱいに笑って、彼が話し出す。

「はじめまして!俺マルコ・マセラッティっていうんだ。君は?」

ここでようやく気付いた。
この胸にある小さな波の正体。もやもやしていたものがすとんと落ち着く。
憑き物が落ちたような、とはこういう気分なんだろうと勝手に一人で頷きながら、俺も彼の手をしっかりと握った。
俺よりも柔らかくてあたたかい手だった。

「俺はジャンルカ・ザナルディだ。…よろしく、マルコ」

自然と頬の表情筋が上がる。
今の俺の顔、気持ち悪くないといいけどなんて考えながら、マルコの手をもう一度強く握った。








恋せよ男の子!(ラブストーリーは突然に)






(これが誰かを好きになるってこと、か)









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