たったひとつだけ覚えているのは、彼の唇がとてもあたたかかったこと。


彼は俺に優しさと心の限りを注いで、恋心をおぼえさせたその途端に、俺の前からふつと消えてしまったのだ。それはまさに、ほんの一寸前まで煌々と燃えていた燈籠がたった一度吹きこんだ風にぬくもりも明るさもすべて溶かしてしまった様に似ていた。

ずっと太陽のように、そこにあるものだと思っていた。彼のやさしさも、強さも、笑顔も。
慈しむように俺の頬を包んでくれた、皮の厚くなった大きな手も、ぎこちなく背中に回された腕も、ユニフォーム越しに感じた彼の命がこの地に息づいていることをあらわす確かな拍動も。
そのすべてがほんの先刻までの出来事だったかのように鮮やかに蘇るというのに、そのすべてを俺に惜しみなく与えてくれた彼は、もうここにはいなかった。

胸の辺りを中心に、細い紐で縛り上げられているようないたみが消えない。これが、苦しい、哀しいということなのだろうか。

「驚いたよ、君も人間だったんだな。涙なんか流さないと思っていたのに」

ミストレに厭味ったらしく、でも悲しげな表情でそう言われて初めて自分が泣いていることに気付く。頬を濡らす水分はあたたかくて、そのぬくもりにまたきゅうと胸が軋みをあげた。

「君の人間らしさを見るのがこんな場面だなんて…皮肉なものだね」

俺に背中を向けたミストレの表情はもう伺えないが、いつもはなめらかで澱みのない声が掠れていたことが、ミストレにも感情の変化があったことを示していた。

今になって、彼もひとりの人で、自分もただのひとりの人だったことを痛いほど認識する。
そんな彼が俺にくれた最初で最期の口づけと、「愛してる」の言葉を、俺はこの先もずっと胸の奥に大切にしまい込んで生きていくのだろう。


title:最期のキス




企画[ELEVEN(゜゜)]に提出させていただいた作品です
選んだテーマがテーマなので、悲恋になってしまいましたが、書かせていただけて大変しあわせでした!
お誘いくださってありがとうございました!





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