FFIもそろそろ大詰めになってきた最近。どのチームにも言えることだとは思うけれど、これ以上負けられないという気迫とか、絶対に決勝までいくんだという気合いから、チームの中にぴりぴりした雰囲気…世間ではまとめていわゆる緊張感と呼ばれる類のかたい空気が、チームメイトたちの間を占拠していた。
作戦を緻密に練り、それに合わせて相手の隙や裏をつく。攻も守も全力で、それぞれの役割に責任と誇りを持って当たる。
チームの信条として、毎回きっちりやり遂げることを心がけてはいるが、やはりそれが続くと精神的にも肉体的にもかなりこたえるのが実のところだった。
俺はヨナスとともに作戦を立てる際、選手の配置やDFの動きなどを話し合う役割を任されている。以前ヨナスが、「おまえの考えにはいつも助けられているよ、ありがとう」と言ってくれたのがとてもうれしくて、以来この役割にはさらなる誇りと気合いとを持って努めてきたつもりではある。
疲れているのは皆同じだ。
ただ、今ここで自分のそれを表に出してはチームの皆に迷惑がかかるのはわかりきっている。
宿舎内の廊下を歩きながら、体をほぐすために、両腕を三回ほど回し、首をひねる。そうしてから自室の扉を開けるためにノブに手をかけたとき。
「アレク、ちょっと今いい?」
聞き慣れた澱みのない声が鼓膜にさらりと触れた。他のメンバーよりはすこし高いイェンスの声が、控えめに俺の名前を呼んだのだった。
「ああ、構わないが」
部屋に入るために動かしていた足の爪先をイェンスの方に向け、肯定の意を告げた。
「よかった、じゃあちょっと外に出よう」
イェンスは音楽家を目指している。だからかはわからないが彼の声色はやわらかくて、聞いていてやすらぐ。覚束ない気持ちのとき、彼と話すとふわふわして曖昧だった気分がすぅとひとところに落ち着くのだ。
宿舎から少し歩いて、外にあったベンチに腰を下ろす。故郷をよく再現してある周りの景色に、思わず住み慣れた土地と勘違いしてしまいそうになる。ただ違うのは、故郷よりも星が近いことか。
「最近…どう?…ちょっと疲れない?」
イェンスがこちらを見て尋ねてくる。やはりイェンスも最近はそう感じているのだな…と思い、
「イェンスもか…あぁ、…正直言うと疲れてる、んだろうな…」
目を合わすことはなんとなく憚られて、下を見てため息混じりにつぶやいた。
「俺でも疲れてるんだからアレクはもっとだろ?いつも作戦立ててくれてるし」
「それならヨナスだってそうだろう、キャプテンは一番大変なはずだ」
本当に思っていることだ。キャプテンという役割にかかる様々な重圧や責任は計り知れない。
「うん、そうだね…でもアレクだってたくさん頑張ってくれてるじゃない」
軽く伸びをしたあと、こちらを見てにこりと笑いかけながらありがとうと俺に感謝の言葉。彼のこうしたさりげないやさしさだって俺を助けてくれている。
「あ、そうだアレク、」
もう一度俺を呼ぶイェンスに
あげかけていた腰をまたベンチに落ち着ける。
「よかったら聞いてほしいんだ」
そう言うと同時に、イェンスはハイトーンな声を風に乗せるように歌い始めた。歌詞はなくメロディだけだったが、やさしくて心地のいい歌が染み込むように俺を包んで、気持ちが楽になるのを感じた。程なくして歌が終わり、イェンスは照れくさそうに告げる。
「まだメロディだけなんだけど、自分で作ったんだ」
聞いたことのないメロディだとは感じていたが、まさか自分で作った曲だとは。イェンスを素直にすごいと思った。素敵な歌を聞かせてくれたお礼を俺もしなければ。
「本当にいい歌だったよ、ありがとう、イェンス」
イェンスの歌のおかげで軽くなった気持ちをあらわすために、いっぱいに笑って感謝の言葉を述べた。
雲ひとつないこの島の夜空を初めて綺麗だと感じた。明日の試合は勝てそうだ、根拠はなかったけれど、不思議とそう確信が持てた。
(ぜったい優勝しようね)(当然だ、負ける気は毛頭ないからな)