「俺、バダップのこと好きなんだ」
まばたきをするが如く当たり前のように、花がほころぶような笑顔で彼は、俺にそう言った。
本当に何気なく、ことりと胸の中に置いていかれた言葉であったから、思わず「ああ」と俺もいつもの調子で返してしまうところだった。
しかし言われた言葉を反芻し頭を回してよく考えてみるとこれはいわゆる「告白」というものなのではないかという結論にたどり着く。
エスカバやサンダに言わせれば、俺は世間一般よりも「色恋」という事情に極端に疎いのだそうだ。
周りの生徒に尋ねたり、本を読んだりして得た知識によれば、普通は異性から好きだなどと言われたら、照れたり慌てたりして、けれど最終的にはうれしいという感情に落ち着くもの…らしい。
しかし俺が告白をされた相手は同性だし、混乱やうれしさを感じるような間柄の人間とも違う。
知識の中にない想定外の出来事に遭遇してしまっては、どのような態度をとればいいのかまったくわからない。
ぱちぱちと2、3度まばたきをして、俺を好きだと言うミストレをもう一度確認するかのように見直した。
彼の薄い唇は先程と変わらず孤を描いている。
しかしそれはその他大勢に見せる貼り付けた贋(にせ)の笑顔でもなく、エスカバやチームメイトに見せるような気を許した笑顔でもない。
少女のような顔立ちが成せる
妖しく中性的で、媚びるような、色を含んだ笑顔だ。
長いまつげにふちどられた大きな瞳には、目を見開いた俺が映りこんでいる。
「もう一度言うね、俺は、バダップが好き」
薄い唇が開いて、今度は聞かせるようにゆっくりと同じ言の葉が紡がれた。
その声に俺を体の内からじりと焦がすような、焦りにも似た感情をかき立てられる。
ミストレの視線が俺にまっすぐと注がれる。
ともすれば射られそうなほど熱さえ絡んだそれを受けて、俺の心臓がどきりと音をたてて軋んだ。
無意識のうちに手で胸の辺りを握りしめていた。ミストレから視線を外そうとしてそれにばかり気を取られていたのか、気付いたときにはミストレに間合いを詰められ、目と鼻の先にミストレの顔があった。
「ふふ、あのバダップが隙だらけ…だね?」
ミストレの息遣いが頬にかかってくすぐったい。壁に手をつかれ、脚の間に膝を割り入れられていて、脱出するのを許されない姿勢にある。ミストレの動きが読めず、下手に出られない。珍しく自分の中に焦りが浮かぶ。
この状況をどう打破すべきか神経を集中させ、脳細胞の伝達速度を上げようとしたそのとき。
ミストレが動き、脊髄反射で咄嗟に自身を防御するべく力が入るのと同時に、あまい匂いが鼻腔をかすめて次の瞬間
唇に柔らかい感触を受けた。
それがミストレの同じそれであることがわかったのは数秒経ってからだった。
離れることもできず、押し付けられた唇のやわらかさを甘受する。時折ゆるりと舐められて、びくりと肩が跳ねてしまう。
意識がとろりと滲んで力が入らないのは、次第に深くなっていく口づけに酸素を取られたせいなのか、口の中をやさしくなぞる舌に、弱い箇所を攻められているせいなのか。
熱い吐息とともに唇が解放されたとき、飲み込みきれなかった唾液が少しばかり口の端を伝った。
壁に預けていた体が、引力に従ってずるずると床に沈む。
情けなくも、足に力が入らない。
肩で息をしながら、余裕を貼り付け孤を描く唇を艶めかしく舐めるミストレを睨み上げる。
「腰抜かすなんてかわいいね
バダップの初めて、ごちそうさま」
ミストレはとんでもないことを言いながらふわ、とまた天使のように微笑むと、何事もなかったかのように踵を返し
元来た廊下を歩いていく。
軍靴と廊下の石地が触れあう軽やかな音が、冷たい空気をやさしく揺らしては消えていった。
ステップを踏んでいるとも見えるミストレの足取りを、俺はいまだ混乱した頭の整理が出来ないままぼんやりと見つめていた。
無垢な誘惑者
(あなたという鳥籠に閉じ込められたのは一体どちらの方なのでしょう)
バダップ受け企画
「鬼劇マリオネット」に
提出させて頂いた作品です
「意識する」という形で
相手の魅力に囚われたのは
ミストレちゃんの方が先
だといいなあと思いつつ
素敵な企画に参加させて
いただけて大変しあわせ
でした!
ありがとうございました!
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