上下で合わさって瞳を包んでいたまぶたが、驚いたときと同じくらいにぱ、とひらく。
ぱちぱちとまばたきを3、4回繰り返して周りの景色に目を慣れさせると、部屋にやわらかな光を届けるまだ昇りきらない朝陽の筋がほんのりと見えた。

枕元に置かれた携帯電話のディスプレイに表示されたデジタル文字を見るとまだアラームが鳴る前の時間だった。
アラームより早く起きてしまうなんてどれだけぶりなんだろう。

マットレスと一晩中寄り添っていた体を起こして、あくびとともに伸びをひとつ。
猫と同じだなあなんて思いながらベッドを降りる。

日曜だから本当は時間に拘束される必要はないけれど、慌ただしく服を着替えてリビングに下りた。
父親は出張、母は昨日から友人と2泊3日で遊びに行っていて、家には自分以外誰もいない。
いつもよりがらんとしてすこしだけ冷えたリビングの空気が新鮮で気持ち良かった。

今日はジャンルカがうちに来る。
家族がだれも出掛けてしまうとわかった次の瞬間にはジャンルカを誘っていた。

楽しみと緊張とがないまぜになった不思議な感覚が、胸のあたりをそわそわと落ち着かなくさせる。

時計の針がやたら遅く感じてじりと気持ちの奥が焦げるような気がした。

軽い朝食をすませて、こまごまと家の中を片付けたりしていると、かわいらしいチャイムの音が鼓膜をやさしく揺らした。

―ジャンルカだ、

俺は勘がいい方だとは思っていないけれど、直感でそう思いドアスコープから外をきょろりと見る。
すると思った通り、紺に近いなめらかな黒髪が視界に現れて、ジャンルカの訪問を知らせてくれた。

ドアを開けて、本物のジャンルカの姿をまぶたの裏に焼き付けるくらいの気持ちで見つめる。

「久しぶり、…どうした?マルコ」

何も言わない俺を不思議に思ったみたいで、ジャンルカが疑問系で俺を呼んだ。

「練習以外でジャンルカに会うのって新鮮で、なんかうれしくて」

気持ちを隠したりするのが得意じゃない俺は、ジャンルカに会えてうれしい気持ちをそのまま伝える。
ちょっと照れくさくて、へへとちいさく笑ってしまった。
そんな俺にジャンルカもつられて笑う。

ささやかだけど心地よくて、このまま時間が止まってほしいとさえ思ってしまう。

立ち話もそこそこに、ジャンルカに家に上がってもらうことにする。

誰かをうちに呼ぶなんて小さなとき以来だ。
何をして過ごそうかなぁ、そうだ、お昼は俺が腕によりをかけてパスタを作ろう。
いろいろなことを考えて、わくわくしてたまらない。
自然と軽くなる足取りに、鼻歌まで口ずさんでしまいそうだ。

「そうだマルコ、これ土産」

ジャンルカが思い出したように、手に提げていた箱をぐんと差し出してきた。

「おまえが好きなジェラート
家族は出掛けてるって聞いたから俺とおまえの分だけにしたけど大丈夫か?」

すこし照れたように俯きながら、早口でそう告げる。

「…!ありがとう!うん、大丈夫だよ、後で食べよう!」

以前たった一度、会話に出ただけなのに、俺がジェラートを好きだってことをジャンルカが覚えていてくれたことにまたうれしい気持ちが込み上げてくる。

体中がふわふわとぬくもって
胸はやさしい鼓動をたたえていて。
きっとこういうのをしあわせっていうんだろうなと一人で納得しながら、冷凍庫にジェラートをしまった。
お昼を食べたらジャンルカと一緒に味わおう。
きっと二人で食べるジェラートはとても美味しいにちがいない。

時計の針が11時半をまわったところで、おしゃべりを止めてお昼を作るために腰を上げる。
ジャンルカと話したいことはまだまだたくさんあるけど、今日はこの後もたっぷり時間があるから、今はパスタを作るのにしっかり集中だ。
何より、美味しいパスタをジャンルカに食べさせてあげたい。


***


がんばった甲斐あってパスタの出来は上々で、ジャンルカも喜んで美味しいよ、と言ってくれた。
そのジャンルカの笑顔に、心臓がドキドキしてたまらなかったけれど。

食器を片付けて、さっきのジェラートを冷蔵庫から出しに行く。
ついでに熱くなった顔も冷やそう。

ジャンルカが選んでくれたシトロンのジェラートは、口に入れた瞬間に柑橘の爽やかな香りがいっぱいに広がって、濃厚なのにさっぱりしていて本当に美味しい。
思わずへら、と笑顔がこぼれた。
ジャンルカはストロベリーミルク味。
そっちもおいしそうだったからか、つい見ていたらしい。
ジャンルカがいたずらっぽく笑って、

「食うか?」

なんて聞いてくるものだからついうれしくて頷いた。
ジャンルカは自分の口にジェラートを含む。
くれると言ったのにおかしいななんてのんきに考えていたら。
不意にジャンルカの顔が近づいてきて、唇にやわらかいものが触れると同時に、甘くて冷たい舌触り。
頬の内側を舐められて、ぞくりと背から甘い痺れが沸き上がる。
ジャンルカに口移しでジェラートを食べさせられんだとわかったのは、大分経ってからだった。

「おいしかった?」
「…っ、バカ…!」
「マルコが無防備すぎるのが悪い」

ようやく解放された口で言ってみるも、悪びれるふうもなくさらりとそんなことを言ってのけるので、力いっぱい睨みつけてやった。

ジャンルカが覆いかぶさってきて、視界が反転する。
しょうがないな、と思いながら、ジャンルカの髪をゆると梳いた。

時間をかけて、とけていくほど甘くなるジェラートが、これから俺たちがすごす時をひっそりと暗示していた。







シトロンのいたずら








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