ああ、ほら。
今日も彼は女の子ばかり見ている。
そのうちかたりと席を立って彼はきゃらきゃらとかわいらしくおしゃべりする女の子たちの元へ揚々と歩いていくんだ。
それをただぼんやりと眺めて本当に女の子が好きなんだなあという呑気な感想と、やっぱり自分には振り向いてくれそうにないなという一抹の悲しさが同時に心に積もる。
今日彼が話していた女の子は派手でもなく、ふんわりとしたシンプルなワンピースと、足元もそれにぴったりな薄色のパンプスをはいていて。
彼女自身も笑うとかわいらしい、可憐な雰囲気の女の子だった。
話もだいぶ弾んだみたいで、帰ってきてからずっと、今も彼はうれしそうに鼻歌なんか歌っている。
「彼女とはうまくいきそう?」
マルコがジャンルカの肩に腕をのせながら絡む。
人の色恋事情は話のネタに持ってこいだから興味津々だ。
「かなり好感触だったぜ、
見ろ、彼女のメアドをゲットした」
自慢げに携帯電話を開いて、マルコにアドレスを見せる。
それを横で聞きながら、不意に鼻の奥がつんとなって、慌てて目をかるくこすった。
気付かれないようにしたつもりだったけれど、ジャンルカがこちらをふと覗き込んでくる。
「どうした?フィディオ、目赤いぞ、大丈夫か?」
なぜ変なところで聡いのだろう。
気付いてほしいのはそこじゃないのに。
「…べ、別にっ!何も…な…」
なにもないと言いたかったのに、それに反比例して言葉がつまる。
同時に目からぼろぼろとついに目尻でせき止めきれなくなった塩水が零れ落ちていく。
ああ、ジャンルカがびっくりしてる。
当たり前だ、話しかけたらいきなり泣き出すなんて、おかしいにも程がある。
マルコは半分ふざけながら、「ジャンルカがフィディオ泣かした!」と言って、慌てるジャンルカと俺を残して走り去ってしまったけれど。
「と、とりあえず俺の部屋に行こう、フィディオ」
ジャンルカが俺の手を取って自室へと歩いていく。
純粋な心配からとわかっていても、しっかりと繋がれた俺よりすこし冷たい手の感触がうれしかった。
ジャンルカの部屋に着き、ベッドに座ってと指示される。
ジャンルカの匂いで埋めつくされた部屋の空気に、また胸がきゅんときしんだ。
「で、なんでいきなり…泣いたりしたんだ?」
ジャンルカの質問にびくりと体が固くなる。
なぜ部屋に連れて来られたのか、目的を忘れていた俺は、泣いた理由をごまかす他の嘘をまったく考えていなくて、ぐっとまた言葉につまるしかなかった。
本当のことなんか、言えるわけがない。
黙ったままの俺に、ジャンルカがふぅと息を吐いた。
「言いたくないなら言わなくていいよ、悪かったな」
そう言って俺の頭をくしゃりと撫でてくれる。
いっそ詰め寄ってくれたら、感情に任せて叫ぶことだってできそうなのに、こういうところで優しいのはずるい。
また我慢していた涙がぽろりと落ちて、ジャージに染み込んでいく。
「…き…なのに…」
「え?」
「…っ俺は…ジャンルカが、っ、すき…なのに……」
こらえきれずに、次々と口から滑り落ちていく俺の言葉。
どうせ軽蔑されるとわかっているのに、止まらなかった。
「ジャンルカ…いつも…っ女の子と、ばっかり仲良くするから、悲しくて、悔しくて…っ」
こんな俺の言葉を、じっと聞いてくれるジャンルカはやっぱり優しい。
「ごめ…っ…こんな、気持ち
わるいよな…ごめんな…あと…聞いてくれて…ありがとう…」
聞かせてしまったことへの謝罪と、聞いてくれたことへの感謝だけを伝えたら、もうあとはここにいてはいけない。俺がベッドから立ち上がろうとした時だった。
「ま、待てよ…!」
ジャンルカに腕を掴まれて、存外大きな手だったんだな、とジャージの上から握りこんできた手を見ながらそんなことが頭に浮かんで消えていった。
「…おまえだけ色々言って…どっか行こうとするなよ」
俺を見据えるふたつのカプリブルー。
冷たい冬の海のような瞳から射るような視線が注がれる。
白い肌に、濃紺を溶かしこんだような滑らかな髪。
すっと通った鼻筋はきれいな顔立ちをより端正に見せていて。
切れ長の目は一見きつい印象を与えるけれど、笑ったときに下がる目尻に彼の優しさが表れる。
なんだか涙まみれの顔を見つめられるのが恥ずかしくて、つい視線を逸らしてしまう。
情けない自分を、ジャンルカにさらけ出しているのがいたたまれない。
「俺、正直おまえに好かれてるなんてまったく思ってなかった」
固まってしまった空気を溶かすように、ジャンルカの声が部屋の中にぽつりと落とされる。
「いつも俺にあんま近寄ってこないし、ほかの奴とばっかり楽しそうにしゃべるし」
ジャンルカに近づかなかったのも、ほかのチームメイトとしゃべっていたのも当然わざとだ。
少しでもジャンルカを好きな気持ちを逸らして、悲しい気分を紛らわせたかったから。
「それ見てたらなんかいつももやもやしてさ、あんまいい気分じゃなかったんだけど」
どういうことなんだろう。
俺はもう何も考えられなくて
ただジャンルカの心地いい声に耳をすました。
「おまえにさっき泣かれて、今、告白されて…ようやくわかった」
告白と聞いてぴくり、と先程の出来事を思い出す。
これからどうしたらいいんだろう。
この場から逃げ出したい、けれど逃げられない。
この状況へのせめてもの抵抗に目をぎゅっと閉じたとき。
「俺も、おまえのことが…好きなんだって」
ジャンルカの口から紡がれたのは、にわかに信じがたい言葉だった。
「…え……う、そ…」
思わず間の抜けた声が洩れる
だって、そんな。
「嘘でこんなこと…言うわけないだろ…もう一回言う、俺は…おまえが好きだ」
そう言うと、俺の下を向いたままの顔に、ジャンルカの手が添えられる。
あっという間にくいと上を向かされて、別べつにあった視線が結びついた。
「…今まで泣かせて、ごめん」
ジャンルカの顔が近づいてくるのがまるでストロボのようにゆっくり感じられる。
お互いの唇がふれあった瞬間俺はぱちりと目蓋を閉じた。
濡れたまつげの冷たさも、もう気にならなかった。
ふたつの青(今、ひとつにとけた)
フィディオ受け企画
「MISCHIATO」
に提出させて頂いたものです
テーマに上手く沿えたかはわかりませんが愛だけは込めました
この企画でフィディオ受けがもっと広がればいいなと思います!
素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました!
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