今日の練習が終わり、激しい運動のあとの体をとりあえず休めるために宿舎の自室に戻る。
いつものように質素で、最低限のものだけが置かれているがらんとした部屋が俺を出迎えて、運がよければ窓から、沈みそうな夕陽が今にも燃え尽きようとしている瞬間が見られる。

今日は夕陽が見れたらいいなと思いながら、簡素で無駄な装飾のない木製のドアを開ける。
蝶番のきしむ音とともに、俺の耳に流れ込んできたのはしかし考えていたのとは違うものだった。

「チャオ、マーク 久しぶり」

いつあの人目をかいくぐってきたのか、目の前のイタリア男は窓の桟に優雅に腰掛け、女が好みそうな人懐こい笑顔を俺に向ける。
いないはずの先客に少なからずおどろいたけれど、それもすぐにまたかという呆れに変わる。
なぜならこいつがこうして俺の部屋に無断で入ってきたことは初めてではないからだ。

「…勝手に入ってくるなといつも言ってるだろ」
「嫌なら窓の鍵を閉めればいいじゃないか、いくら俺だって鍵をかけられちゃ入れないよ」

フィディオのもっともな物言いに言葉につまる。
俺が窓に鍵をかけない理由をこいつは知っているくせに。

「嘘、鍵なんかかけられたらマークに会えなくなっちゃうからかけないでほしい」

俺が何も言えないでいると、フィディオは腰掛けていた桟から室内の床に足を乗せたようで、木の床がぎしりとちいさく音を鳴らして、フィディオの体重を受け止めたことを知らせる。
またそんな優しいことを言って、俺の気をぐらりと傾かせようとしてくる。

フィディオの言葉が、声が、行動が、俺は嫌いだ。
気分が落ち込んでいるときや俺が心にひずみを抱えているときに限ってやって来て、どうやって嗅ぎ付けてくるのかと思う。下手に励ますでもなく、繕ったような慰めの言葉もかけてこない、ただ、壊れ物を扱うような手つきで俺のいつも思い通りにならないくせ毛を数回梳いて、まぶたに一度だけキスをする。そして最後に

「俺はマークが好きだから、大丈夫だよ」

と言う。いつだってそれに懐柔されてけれどそれで落っこちてしまった気持ちをかるくしてもらっていたのも事実で。でもフィディオがいないと、なんて弱くなるのが嫌で、認めたくない、フィディオの優しさに縋ってしまうようにはなりたくないと思う自分がいる。

おととい寄った本屋でちらと読んだ小説とか、ドラマやマンガで描かれる恋なんてのはまったくの嘘だ。甘いだとか幸せだとかいう感情で自分を騙して、ほんとうは暗い底に溺れて戻れなくなっているその事実から目をそむける。
一時の悦楽と引き換えに、それがないと生きていけなくなる、麻薬のようなものだ。
だからフィディオのことも、そんなこいつに依存してしまいそうな自分も嫌いなのだ。

「で、今日は何の用で来たんだ」

フィディオと目は合わさないで言う。
あの深いラピスラズリに俺のすべてを見抜かれそうな気がして、視線が絡みあわないように足元を見た。

「今日はマークとセックスしたくてね」

恋人とかいう甘ったるいものにはなれそうもないけれど、こうして俺を求めてくるフィディオは、すこしだけ嫌いじゃなかった。
そうして自分を騙しながらフィディオとセックスに耽る俺は、愚かにもその嫌いな恋に溺れているにちがいない。



ラピスラズリに溺れて(思いきり恋できない臆病な)




フィマクフィ企画「君と僕」に提出させて頂いたものです

書きながらテーマと少しずれてしまった感が否めませんが、一生懸命書かせて頂きました
拙いながらも愛だけはこめたつもりです

この企画でフィディオとマークの二人がもっと広まればなあと思います
素敵な企画に参加させていただきどうもありがとうございました!



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