今朝は何となく落ち着かなくて、早起きしてしまった。
それも全部、全部、あいつのせいだ!





チョコレート・キス






冬も深まり、身に刺さるような寒さを感じる2月。暦上は立春だなんて言われたりしているが、寒さはまだまだ和らぐ兆しを見せない。
この時期は古くから日本に伝わる節分の他に、外国から入ってきて、後にお菓子会社の陰謀だかでこの国独自の習慣が出来上がってしまった、バレンタインデーなるものがある。
元々自分にはあまり縁のないイベントだったし、別にもらえないから悔しいという気持ちもなかったから、別段気にしたことはなかった。(まぁチームメイトの女子は、毎年私に日頃の感謝だとかで手作りのチョコレートや菓子をくれたりしたが)
それが何故、いきなり今年に自分が、チョコレートを作って渡す側になっているのだろう。
海外の風習としては、別に女が必ずしも男に菓子だなんだを贈るわけじゃなく、むしろ男から女に花やカードを贈るのが一般的だ。だから別に間違ったことをしているわけではないのだが、この国の場合は違う。女から好きな男へチョコレートを渡すのが一般的なのだ。
さらに自分が女でもなければ、相手が女でもない。男から男に手作りのチョコレートを渡そうというのだ。どう考えたってつじつまも海外の一般論も合わない。
でもチームメイトは応援してくれているし、幸い周りは温かい人たちばかりで、自分と相手―プロミネンスのキャプテン、バーンは、ぎこちなく、戸惑いながらもゆっくり恋を育んでいるのだった。

恋仲になれば自然と、そういうイベントには記念日だとか何だとかが気になってくるのは当たり前で。バーンも、このイベントには期待があるように見えた。
でも自分は男だし、女子が嬉々として恋に胸を躍らせるバレンタインに、手作りチョコレートの材料を買いに行く勇気など出るわけもなく。けれど、態度や言葉で相手に好意を伝えるのが苦手な自分に、いつもまっすぐな気持ちをくれるバーンへ、自分の好きを形にして伝える機会は今ぐらいしかないのもまた事実で。
こんなことに頭を悩ます日が来ようとは夢にも思わなかった。
すると、察しのいいチームメイトのクララが、

「バレンタインは私たちもお菓子を作りますから、手作りチョコレートの材料を一緒に買いに行きましょうか」
と、誰もが見惚れてしまいそうな笑顔で言った。

どうすればいいか大層悩んでいた私に、それは天からの助けのように聞こえたから、内容を聞き返さずに安易に肯定の意を伝えた。が、この質問は、聞きようによっては言いたい意味が変わってくる。…彼女は、一緒に材料を買ってくる、ではなくまさか私も彼女たちと共に材料を買いに行かないか、と伝えたのではないだろうか。
気付いたところでもう遅かった。

彼女は、自分たちの材料と一緒に私の材料を買うことを提案したのではなく、私自身と一緒に材料を買いに出かけることを提案したのだ。
行くと伝えた以上、やっぱりやめる、なんて言えない自分の性分がこういう時ばかりは恨めしい。
かくして私は、クララ、アイシー、リオーネと共に、バレンタインの甘い雰囲気が漂うかわいらしい店に出向かなければならなくなった。

「提案したは良いのですけれど…
問題はどのようにして周りに訝しい目で見られませんようにガゼル様に着いて来て頂くか、ですわ…」

クララがひとつ、ため息と共に1番の問題点をこぼす。アイシーも首をかしげ、リオーネは少しおろおろしているようだ。
問題の真ん中にいる私がこの三人の話し合いに参加しないわけにはいかない。三人と共に、答えの出しにくい問題に頭を悩ませるしかなかった。まさか男子たちに相談を持ち掛けるわけにもいかない。私たちは行き詰まるよりほかないように思え、諦めかけたその時。
頭のいいアイキューの妹であるアイシーが顔を上げ、吊り上がり気味の目をぱ、と輝かせた。

「そうです、ガゼル様も私たちのような格好をしていけばいいんですよ!」

アイキューとは違い説明が少々言葉足らずだったため、一瞬意図が掴めず私はえ、と間抜けに聞き返してしまったが、クララがどうやら理解したようで、「成程…」と口許に手を添えた。リオーネは二人を見比べ、答えを待っている。

「つまりですね、ガゼル様に女性の方の格好をして頂ければ、自然に私たちを伴ってお出かけすることがお出来になる…と、いうことでしょうか」

アイシーにそう、お伝えになりたいのですね?と確認を求める視線を投げ、そろそろとクララは言葉を紡いだ。アイシーは自信ありげにうんうんと頷き、クララは相変わらず口許に微笑みをたたえたまま、リオーネは納得したように次の段階を考えているようだ。
それを聞いて当の私は固まるよりほかなかった。
要するに私が女装して出掛ければいいと言うのである。

たかだかチョコのために何故私がそんな恥ずかしい思いを、と考えもしたが、せっかく悩んでくれたクララたちの気持ちを考えると、無下にもできない。やはり自分は慕ってくれる仲間につくづく弱いと思いながら、その変わった提案を実行することになった。…こういうとき自分が女だったらよかったのにと思いながら。

ということで早速、クララの部屋にそれぞれ私服を持って集まり、私に着せる服のコーディネートが始まった。
アイシーはデニムのショートパンツやパーカー、カラータイツなどカラフルな色のものを多く持ってきた。リオーネは、スキニージーンズやVネックセーターなど大人っぽい組み合わせだ。クララは、白いフレアスカートや、レースのついたチュニックワンピースなど、全体にふんわりした雰囲気の服が多かった。
スリーサイズを計るところから始まり、私にはどの服が似合うかで口々に話し合う。色々服の説明をされながら、三人とも好きな服の傾向が違うので、私は言われるまま、ただの着せ替え人形状態になる。
こんな光景はとてもバーンには見せられない。
笑われるか若しくはおかしいと思われるのがオチだろう。クララたちに気付かれないよう、私は心中にため息を積もらせた。
しばらく待ち、クララたちはどうやら私に着せる服の組み合わせを漸く決めたらしい。
リオーネが持ってきてくれたおそらく手作りであろう一口大のアップルパイを頬張っていると、三人が組み合わせた服の一式を私に見せた。

「ガゼル様にこのようなご不便をおかけして申し訳ありません、けれど、私たちは皆、ガゼル様とバーン様のことを心から応援いたしておりますわ」

少々申し訳なさそうに、私を見つめる三人。私だって勿論、感謝していないわけはない。皆の応援の形が今回はこのようだっただけで、私とバーンが上手くいけばいいと思ってくれていることは伝わってくる。
私はバーンには見せない(正しくは意地を張って見せられない)笑顔で、クララたちにお礼を言った。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -