※名前変換はなし
※夢主は軽音楽部のボーカルです



私は昔から、ただ歌うのが好きで、好きで、それだけだった。けれど将来したい仕事は別にあったし、自分が歌でお金を得るなんてことができるとは思わなかったし。そこまで出来る人は本当にすごいと思う。
そんな私はごく普通に、入った高校の部活でバンドを組んで、大好きな歌手の歌をみんなと思い切り歌えればそれだけで楽しかった。そんなことを思いながら、部活に青春を燃やすという言葉がぴったりな毎日を過ごしていたある日。
ミニライブに向けての課題曲練習をすべく、いつもボイストレーニングをするために使っている屋上へと続く階段を上り、光を透かす磨りガラスがはめこまれた小さなドアを開けた。そうすればそこにある真っ青な空と、給水タンクだけが置かれたコンクリートの床が広がる誰もいない空間を自分だけが独り占めしながら歌の練習ができる、はずだった。
しかし本日は先客がいたらしい。柵の前の段差になっている部分に腰掛け、片手に持った本を読んでいるらしい人物がいた。…私以外にもここをお気に入りの場所にしてる人がいたんだな。にしても、今まで会わなかったことを考えると下級生なんだろうか。色んなことを思いながら立ち尽くしたままでいれば、不意にその人物が本を閉じて立ち上がりこちらへ振り返った。陽の光に透ける涼しげなグレーの髪がそよぐ風に流れ、同じ色の瞳が私に向けられる。薄い唇が開き、何かを言わんとするのを遮るように、私は思わず言葉を発してしまっていた。

「…お」
「ご、ごめんなさい!邪魔、したよね…!ええと、先に人がいたなんて知らなくて…」
「…いや、別に…オレ一人の場所じゃねえし」

私の言葉に返された声は思ったよりもはっきりと私の耳に届く。この人、喋るんだ…なんて当たり前なのに馬鹿みたいな感想が浮かんだ。私は距離があるままでは話しづらいと彼の方へ近付いた。

「でも、本、読んでたんでしょ?」
「ああ、これか?読むの二回目だから構わねぇよ」

これ、と形容された彼が手にしている本へと視線を寄越せば、文庫本のような大きさのそれの表紙には微笑む可愛らしい女の子がえがかれていた。…『時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。』…?マンガ、ではないみたいだけど。一見冷めてそうなのに、そういうのが好きだなんて意外な感じ。

「それならよかった…あ、名前も言わずにいきなりごめんね、私は___、3年。軽音部の練習でここに来たんだ。あなたは?」
「ああ…別に。オレは黛千尋、同じく3年」
「部活は?」
「…バスケ部」
「…そうなの!?」

驚きに思わず声が大きくなる。え、黛くんって私と同じ3年?しかも全国でも強いって有名なあのバスケ部!?…信じられない。この静かで大人しそうな人があの激しいスポーツで走り回ったりするところを想像出来ない。と思っていると、私の考えていることが丸分かりだったのか、それとも言われ慣れているのか、一瞬目を伏せたあと黛くんが続けた。

「…うちの部は人数多いからな」
「確かに…レギュラーとるの大変そう」
「……」

それきり彼は口を噤んでしまったので、初対面の人間にはあまり話したくないのかもしれないと思い話題を変える。いきなり踏み込んだ話になっちゃって悪かったかも。

「あ…っと、私、ボイトレしにここ来たんだけど、今日は帰るよ。黛くんの大事な読書タイムだったのに色々話しかけちゃってごめんね」
「いや…オレこそそっちの練習に差し支えたなら悪い、帰るわ」
「いや、黛くんは悪くないよ、全然!」

お互いに遠慮が大きくて譲り合う形になってしまい、微妙な空気になる。…沈黙が痛い。どうしようかと言葉を探っていると、彼の方が先に口を開く。

「…あー、このままじゃキリねぇし、オレもここにいとくから、お前も気にせず練習するってことで、どうだよ」
「…は、」

出された意外な案に間抜けな返事が出た。意味を噛み砕くまで数秒かかってしまったが、つまりは彼がいるままのここで歌の練習をする、ということだった。いや、いいんだけど…練習だから人に聞かせるのはちょっと恥ずかしいというか。

「無理に、とは言わねぇが」
「だ、大丈夫!私は!むしろ黛くんが大丈夫…なら」

練習を聞かれることよりも彼が私の声を聞くのに耐えられるかの方が問題だ。再三確認すべく遠慮がちに言葉を紡いだ。

「別に。騒音ならお断りだが歌なんだろ?」

さらりと告げられた言葉に、私の歌を肯定してもらえたような気がして安堵と嬉しさが込み上げた。彼としては読書のBGM程度の些細なことかもしれないけれど。
プロでもなく拙い私の、しかも練習段階の未熟な歌を、初対面の人に聞かれるという緊張やプレッシャーが、些細な肯定でふわりと軽くなる。息を一度ゆっくり吸って、吐いてから、黛くんに向かってありがとう、と口にした。

彼からいくらか距離を取り、軽めに発声練習を終えるとスマホに入れている課題曲の再生ボタンを押した。ギターの音がよく立っている聞き慣れたイントロのあと、歌手の声が入っていないインストだけが始まり、私は歌い始めた。立ち上がりは静かなので少し声を抑え、Bメロからは変化に富んだメロディを追う。直前で少しためたあと、サビで一気に声を張り上げた。高音が目立つので息切れしないよう時折ブレスを挟んで、リズミカルなメロディラインを声で辿る。本人は最小限の息継ぎで歌い上げているので、ここはもっと練習が必要だなと心中で思いながら、一曲を歌い終えた。





夢主が歌った曲はSH/ISH/AMOのバ/イバイかEL/TのSh/ap/es Of L/oveかジ/ュデ/ィマ/リのジ/ーザ/ス!ジー/ザ/ス!辺りを考えています
しかし前に書いていたコガ夢とめちゃくちゃかぶっていることに気付きました
歌ネタ好きだな!くらいに思ってください



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