ミルクティー・デイ
俺がいつものように、イタリアエリア内を散歩していると視界の先にしゃがみ込む小さな丸い金を見つけた。
それが、いつも見慣れた、ルシェの綺麗な金髪だとわかるのにそう時間はかからなかった。
「ルシェ!」
すこし遠くから発音しやすい、きれいな名前を声に乗せて発した。
すると、名前の持ち主は、くるりとこちらを振り返り顔をいっぱいにほころばせ
「あっ、おにいちゃん!」
とこれまたかわいい声で応えてくれるのだ。
その、かわいらしい笑顔を、いちいちまぶたの裏に焼き付けながら俺はルシェに近づいた。
「そんなとこにしゃがんで、どうしたんだ?」
俺が今ルシェをいちばんに見つけられたのは、朝早くで人が少なかっただけじゃない、いつも人なんか通らない、店と店のすきまみたいに小さなタイル3枚分くらいの場所に、これまた小さなルシェがちいさくちいさくしゃがんでいたからだ。
どうやら、一生懸命、なにかを眺めているみたいで俺が話しかけても目はまだ下を向いている。
「えっと、これ、見てたの」
俺となにかを交互に見て、ルシェはその何かを指さした。
ルシェの白くてほそい指がさす場所の先にピントを合わすと、そこにはアリが、ちまちまと列を作って歩いていた。
小さなアリが小さななにかを、懸命にすこしずつ運んでいて、その列はいつの間にか向こうの見えないどこかまで続いている。そんなようすから気付いたら目が離せなくなっている自分がいた。
「今日は気持ちいいからおさんぽしてたらね、ここにありさんがいるの見つけてね。すっごくがんばってにもつを運んでるからおうえんしてたの!」
ルシェが、太陽にも負けない笑顔で、頬を赤らめながらうれしそうに話す。
ルシェの声が耳から入りこんで、体の奥からじわり、とめどなく染み出してくる液体のようにかわいいという感情をまた新しく俺に知らしめる。
「…そっか、がんばってるありさんがはやくお家に着くといいな」
「うん!」
ルシェのやわらかいさらさらの髪の毛を小さくくしゃりとなでて、俺もルシェに負けないくらいにっこりと笑った。
今日はなんだかいい一日になりそうな、そんなあたたかな予感がやさしく胸を包んだ。