※「マリンブルーの秘め事」の後日談


空は遠くまで真っ青に晴れ渡り、頬を撫でる風も柔らかく、今朝も絶好の航海日和だ。

「ふぁ〜あぁ…」

大きなあくびとともに、アリババはむくりとベッドから起き上がった。太陽が昇ってからもうそれなりに時間が経っていたらしく、部屋の中は光で溢れている。水面から乱反射する様々な色を纏った光の粒が窓から降り注ぐさまは、まるで光の洪水を見ているようだ。
眩しささえ感じるこの景色に、アリババは本能的に目を細めながら、周りの明るさに慣れさせるためにまばたきを繰り返した。頭がすこしずつ冴えて徐々に数時間前の行動を思い起こし、それから今度は脳みそから背中までが一気に冷える。
昨晩から今日の早朝にかけて、自分の若さと行き過ぎた性欲のせいで至ってしまった白龍とのセックスについてこれから後始末をつけねばならないことを、アリババは頭痛とともにすっかり思い出したのだった。

アリババは慌てて隣のベッドの方を振り返ったが、そこにあるのは丁寧に畳まれたタオルケットだけで、肝心の白龍はもう部屋にいなかった。
客室内の小さなテーブルにはアリババが持ってきた水差しとコップがあり、いずれも空っぽになっている。ベッドから降りて、水差しを片付けるべくアリババがテーブルへ近づいたところ、コップの下に「水、ありがとうございました」と簡潔に書かれた紙片が挟んであった。記された文字を視線で追ってから、その紙を畳んでズボンのポケットへねじ込んだアリババは、今すぐにでも白龍へ何か言わなければと胸にこみ上げる衝動に突き動かされて隣の自室へ急いだ。

「は、白龍…!」
「おはよう、アリババくん。白龍おにいさんなら朝ちょっとこっちに来てすぐに部屋を出ちゃったよ?」

アリババが自室のドアを開け目的の人物の名前を呼ぶと、当人ではなくアラジンが答えた。そしてなんだか忙しそうだったけど…どうしたんだろうねと首を傾げながら続ける。モルジアナがそれに頷きながら、落ち着いた声で爆弾級の発言をこぼした。

「はい…ただ、白龍さんからアリババ臭がしたので、それが不思議で」

モルジアナの言葉にアリババは盛大に噎せた。それは昨晩白龍とアリババが濃厚な繋がりを持ったことを意味する決定的な証拠だったからだ。アリババは半分笑いながら「あ、あはは、昨日白龍と同じベッドで寝たからだろうな!」とごまかしながら部屋を慌てて出た。もう二人にはばれている気がするが流石に正直に言うことは出来なかった。それこそ、モテなくて当然だと軽蔑されてしまうだろう。

船内を歩き回りながら白龍を目で探すもののなかなか見つからない。小さいように見えて船の内部は結構入り組んだ造りになっているらしく、下手をすれば迷いそうだ。船員に時々道を尋ねながら、アリババは船内にあるトイレのうち客室から最も遠い場所に位置するトイレの近くにいた。この辺りは食糧や荷物などの倉庫しかないためか人通りは極端に少ない。日もあまり差さず薄暗いしんとした空間にアリババの歩く靴音だけが妙に大きく響いた。
トイレの前を通った際、アリババの耳に微かな物音と人の息遣いが聞こえて、アリババは一瞬身を硬くする。別に悪いことをしてるわけではないが、無人だと思っていた空間に人がいるかもしれないと分かるとどうしても身構えてしまうものだ。
そうなったらトイレに誰がいるか気になるのは自然な流れだろう。確かめてもいいよな、とアリババは一呼吸おいてからそちらへ声をかけた。

「…誰か、入ってんの?」

呼びかけても返事はないが人の気配は確実にある。おそらくは黙ってやり過ごそうとしているのだろう。このまま去ってもよかったが、アリババは諦めがつかなかった。ふと浮かんだ可能性が合っていますようにと願いながら、扉の向こうに再び話しかける。

「もしかして、…白龍?」

アリババが呼びかけた直後にカタンと向こう側で何かが揺れる音がして、観念したようにくぐもった声が返ってきた。

「…、はい…」

アリババは扉越しに今朝のことを謝ろうと息を吸い込んで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「…あの、さ。…昨日は、…ごめん」
「でも、俺…」

そう言いかけたところで廊下側から誰かが近づいてくる足音が二人の鼓膜を揺らした。こんな状況が見つかれば怪しまれるに決まっていると判断した白龍が慌ててアリババを個室の中へ引き入れ、お互いに息を潜めた。

「…っ」

幸い二人の存在は気付かれなかったようで、足音は何事もなく遠ざかっていった。
張り詰めた空気がほどけ、二人は安堵の溜め息をついた。改めて白龍に昨晩のことを言おうかとしたが、個室が狭いためか白龍とかなり密着している。さらに薄暗いせいで周りも見えにくい。

「ごめん白龍、今どうなって」

アリババが手探りで触った場所は暖かった。感触を確かめようと撫でたところで手の甲を白龍に抓られ、すこし怒ったような声がした。

「いてててっ」
「…そこは、俺の尻です…!」
「え、うわごめん…!」
「……」

偶然とはいえ一度ならず二度までも白龍に対し痴漢まがいのことをしてしまってアリババは気恥ずかしくなった。慌てて謝るが妙な姿勢で個室に詰め込まれたような形になっているせいでこれ以上動けそうにないので、手をずらすこともできなかった。仕方なくアリババはこのままの状態で白龍に再び話の続きを始めることにした。

「あの…さっきの続き…なんだけどな?」
「最初は…勢いだったんだ」
「…」
「でもさ、おまえの顔とか反応とか見てたらかわいいなって思い始めて、最終的にはおまえが喘ぐ声とかもっと聞きたくなって…」
「お前の気持ちとか無視してあんなことして、本当にごめん」

ぼそぼそと言いながらまるで赦免を請うているようで、今の状態もあり、俺って情けないなあとアリババは心の底から思った。しかし本当に伝えなければならないのはここからだ。気を取り直してアリババはゆっくりと深呼吸をした。今まで十年とそこそこ生きてきて大きな決心をしなければならない場面は幾度かあったが、今回は特に精神的なプレッシャーが大きい挑戦である。
アリババは自分の気持ちを間違いなく白龍に届けるために、慎重に言葉を選ぶ。心臓の鼓動がだんだん大きくなり、自分の言葉がかき消されてしまいそうな錯覚をおぼえた。

「でも、おまえの寝顔を見ながら確信したんだ。おまえのことが、…好きだ、って」

アリババの好きだという言葉に、白龍はぴくりと身じろいだ。

「…あなたは、ずるいです」
「え?」
「ずるいです…あなたは… 昨晩の情交は互いの行きすぎた性欲ゆえの過ちだからと、…なかったことに、するつもりだったのに」
「あんな風に俺を抱いておきながら、今更、好きだなんて、…」

次第に言葉が詰まっていき、くすん、とちいさく鼻をすする音が聞こえたあと、俺の前にある肩が震える。俺はなんとか手を下から抜き、後ろから白龍を抱き締めた。





×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -