「じゃ、俺の家に行こうか」

こちらを見た和泉の唇がにこ、と控えめに弧を描く。けれどその目はちっとも笑っていなかった。底が見えないほどに暗く濁りきった瞳は光を反射しておらず、俺は寒気がしたと同時に言葉を失った。


***


「お帰りなさいませ、奏秋坊ちゃま。…そちらはご友人のお方ですか?」
「ただいま。うん、部活仲間、かな。あ、今日はちょっと疲れてるから、布団と浴衣を用意しておいてほしいんだけど…」
「かしこまりました」

お付きの人に接する和泉は、部活やクラスで見るのとはまた違った顔をしていた。家業を継ぐために日々芸事の練習をこなす、能楽師としての和泉がいた。
ふと、さすが端正な横顔だなあなんて先程の寒気をころりと忘れて能天気な感想を抱く。けれど俺が気を許していられたのはそれまでだった。
急に和泉が俺の手を引いて早足で廊下を歩き出す。驚いて顔を上げたが、前を見る和泉の表情は伺えなかった。どこへ連れて行かれるのか、と不安が胸に立ちこめる。
ようやくどこかの部屋の前に着き、和泉がゆっくりと襖を開ける。そこに広がっていた光景は、俺が予想していたどれからも外れていた。
思ったよりも小さな、六畳ほどの部屋には人が二人寝られそうな布団が敷かれていた。どうやらお香も焚いているらしく、こぢんまりとした室内は甘い匂いで溢れている。
枕元には仄かな光を揺らす灯籠があり、どことなくそれっぽい妖しげな雰囲気を感じさせられた。
まさか、と嫌な予感がしたが必死に頭で否定した。けれど和泉の言葉が俺に現実を突きつけた。

「それじゃあ遊海には、これから俺の相手をしてもらおうかな…」
「えっ、な、相手って、何…の…」
「わかんない?」

和泉が俺の目を覗き込みながら聞き返す。その瞳はまたあの暗さを湛えていた。
それから和泉は口角を持ち上げて至極楽しそうに告げた。それは俺が最も聞きたくなかった答えだった。

「セックスの、だよ」

生まれて初めて血の気が引いていく音というのをはっきりとこの身に感じた。逃げなければ、と本能が揺さぶられているのに、足は完全に竦んでいてこの場に縫い付けられたように動けない。和泉は俺の手を握ったままにこにこと笑っている。

「逃げてもいいけど、この傷の責任ってどう償ってくれるの?」
「だ、だから、それは…こんな方法じゃなくても…!」
「でも、遊海に今すぐこの治療費払えるようなアテなんてある?」
「母親に迷惑…かけたくないよね…?」

傷を抉ってくるような和泉の言葉に涙が出そうだった。もういっそこのまま気を失ってしまいたいくらいだ。

「お、男同士で…どうやってするんだよ…!」

たぶん抵抗にもならないだろうけど、こうでも言わないと自分が立っていられなかった。でも男同士でのやり方なんて知らないのも本当だ。だいたい、普通に生きていくのならそんなこと知らなくたっていいし関係なくて当たり前で。

「うーん、説明しても分かんないんじゃないかな。大丈夫、優しくするからさ」

口調は軽いのにどす黒さを含んだ笑みが、俺の心臓に嫌な音を立てさせた。
握られていた手を引かれて二人で布団に腰を下ろす。
本当はすごく嫌だし、不安で怖くてたまらない。できることならこんな形でこういう行為なんてしたくなかったけど、こうなってしまったのは他でもない自分の過失だから、と、ぐらつく感情に蓋をして腹を据えた。

「遊海、おいで」

けれど、優しい声色で俺の名前を呼んでくる和泉に、不覚にもほんのすこしだけときめかされてしまった自分がいた。


***


「じゃあ、まずは服脱いで?」
「う、…うん…わ、かった…」

まあ、そういうことをするならそうなのかな…と制服に手をかける。上を脱ぐくらいなら別段恥ずかしいことはないけれど、和泉が射るような視線を向けてくるのがすごく居たたまれなかった。つい手が止まってしまう。

「どうしたの?分かってると思うけど全部脱ぐんだよ?」
「そ、そうじゃなくて」
「なんで和泉はそんな見てくるんだよ」
「別にいいだろ?ほら、はやく」

…答えになっていない上に同じ男の服脱ぐ場面なんか見て何がそんなに楽しそうなのか全然理解できない。仕方ないから指示には従うけど。
上をすべて脱いでからシャツや学ランをたたんでいたら和泉が近づいてきて、後ろから抱きすくめられた。ふわり、いい香りが鼻をくすぐって酔いそうになる。


「遊海…すごい綺麗だ…」

耳元ですこし掠れた声で囁かれて、ぞくりと甘い痺れが背を駆け抜けた。

「…いず、やだ、ま…っ」
「髪も、柔らかくて、いい匂い」

和泉がそう言いながら、手のひらで俺の胸を撫で回してくる。
むず痒いような、くすぐったいような感覚が這い上がってきて無性に恥ずかしい。その内和泉は指で俺の胸の先を弄ってきた。くるくるとなぞって、摘んで、押しつぶして。ついには摘んだままやわやわと揉まれて、俺はもう力が入らなかった。

「や、…ぁ、やめ…っ!」
「…感じてるの?胸が気持ちいいなんて女の子みたいだな」
「ちが、…っ…!」

身体ががくがくと震えて、腰の辺りがじんと熱い。知らない感覚と和泉の言葉が恥ずかしくて泣きそうになる。

「もう力入らないんだ…?じゃあ下は俺が脱がせてあげるよ」

頭の芯も熱に侵されてぼんやりする。抵抗も忘れて俺はあっさりと布団に押し倒された。
カチャカチャと音がしたかと思ったらベルトはあっという間に外されて、ズボンを下着ごと下ろされた。




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