「おまえさあ、あのバ…母親が臨時の皇帝になることを支持してんの?」

義父の葬式ののち、母親が臨時で皇帝の座につくことが決まって、自室へと戻るために来た道を引き返していたら、義兄上である紅覇殿に声をかけられた。母親である玉艶のことを失礼な呼び方で呼ぼうとして言い換える。俺からしてみればあの女がどう呼ばれようと構いはしないが。

「…それが義父上のご遺志なら、今はそれに従うべきだと思ったまでです」

些細な会話にさえ付き合うような時間も気持ちの余裕も今の俺は持ち合わせていないので、投げられた質問に対し最低限の回答だけを寄越して、再び歩みを進めるべく体の向きを戻す。しかし紅覇殿の言葉に俺はもう一度動きを止めざるを得なかった。

「ふぅん…なんか濁った目して何考えてるか知らないけどさ、変な気起こしても無駄だよ?おまえなんか炎兄に敵うわけないんだから」

一見すると子供っぽい強がりに聞こえるが、それを紡ぐ本人の瞳は鋭く細められ、自分に刃向かう者は全て貫くと言わんばかりにぎらついており、獲物に狙いを付ける猛禽類のそれそのものだった。それに怯みはしないけれど、疑いの色が含まれた声を無視することは憚られたため、紅炎殿に敵意があるわけではないことを述べる必要性に駆られた。

「紅炎殿に楯突こうなんて愚かなことなど俺は考えておりませんよ」
「ほんとかなぁ?まあいいけど…にしてもさ…」
「いっ…?」

俺の言葉を信じたのか信じていないのか、向こうから聞いておきながら興味なさげに紅覇殿は俺の答えを軽く流した。どうやら紅覇殿は別に気になったことがあったらしく、その細身な見掛けからは全く想像出来ない程の力で俺の手首をがっしりと掴み取ると、逃がすまいと細長い指を食い込ませてきた。その遠慮のない力加減に俺は思わず眉をひそめる。
何故、と疑問を含め紅覇殿の顔を見ると、彼は不機嫌さを露わにして俺を見つめていた。

「さっきから僕と目も合わせないで…失礼だよね?あのババァのことも支持してるし…気に入らないな〜…」
「、っな、にを…」

自分が蔑ろにされることをとても嫌う彼は、俺の自分と目を合わせようとせずさっさと済ませてしまおうといった態度が気に障ったらしかった。剣呑な瞳は先程とは違う光を映している。
紅覇殿のその目に、続く先の言葉に嫌な予感がして、知らずに背がふるりと戦慄く。視線を合わせるのは本能的に憚られた。所謂蛇に睨まれた蛙、と言ったところだろうか。足も腕もぴたりと止まってしまう。

「だからさ、お仕置きすることに決めちゃった」

童顔な彼がにこり、と柔らかく笑顔を形作ってから告げた言葉は、口調とは裏腹に俺の耳へ突き刺さるように残った。




***




「…っう、ぃ…あっ ぐ…!」

下腹部を埋める強烈な圧迫感。熱い塊が出入りを繰り返す感触に、気持ちよさなんかこれっぽっちもなくて、息苦しさと火傷しそうな程の熱に意識が飛びそうになる。もうだめだ、と混濁の中へ身を委ねようとした瞬間に頬を一発張られて、急に脳が冷えた。

「おい、なに一人で意識飛ばそうとしてんの?」

僕はまだ全然イけそうにないんだけどぉ、と紅覇殿の不機嫌そうな声が鼓膜を揺らす。こっちは気持ちいいから意識が飛びかけたわけではない、むしろ気持ち悪いから気を失ってしまいたいのに。
再び律動が開始され、中を遠慮なく割り入ってくる質量に吐き気さえ覚える。頼むから早く絶頂を迎えて終わってくれ、と無理やりとらされた四つん這いの尻を突き出した屈辱的な姿勢さえも最早どうでもいいほどに願った。

「ん…っ、あー…いい…おまえ戦うよりもさぁ…こっちのが向いてんじゃない…?」
「っ!」

紅覇殿の言葉に心を深く抉られた気がして思わず鼻の奥がつんとする。視界がじんわりぼやけたのは彼に突かれ揺さぶられていることが原因ではなかった。目尻が水分で湿る感覚が惨めさと悔しさを煽って、俺は枕に顔を押し付けながら、声を殺して泣いた。

「…ぅ… っく、 …ふ … っう、 ぅ―――…」

いくら必死にかみ殺しても、嗚咽に背中が震えるのは隠しきれなかった。こんなことではあの憎い魔女を殺せはしないのに、この腐りきった国を打ち倒すことは出来ないのに。
自身の情けなさに千切れそうな思いを募らせていたら、不意に頬に触れるあたたかさを感じた。それは俺の涙を掬い取ってすぐに離れていった。次に上から少し拗ねたような声が降ってくる。

「…そんな風に泣くなよ…すごい罪悪感なんだけどー…」

紅覇殿が一方的に俺を抱いているのだから普通に考えて悪いのは完全に彼なのだが、この人に常識や理屈は通用しない。けれど不器用ながらも口調や触れてきた指先は優しかった。

「仕方ないから、僕だけじゃなくて、おまえも気持ちよくしてあげるよ」

先ほどの乱暴さと正反対な態度に、彼のひどく気まぐれな性分を肌で感じた。繋がったままぐるりと向きを変えられて、紅覇殿と俺は向かい合う体勢になる。よく彼が侍女へ向けるのと同じ、甘さの滲む眼差しを俺にも向けられて。今更ながら涙まみれの顔を見られるのが恥ずかしくなり、腕で隠してしまう。

「…あれ、顔見せてくれないの?」
「…って、こんな、…みっともない顔…」
「そんなことないって。僕はおまえの綺麗な藍色の瞳、好きだよ…?」
「それにさ、せっかくこういうことしてるんだから、見つめ合えないと寂しいじゃん」

まるで恋人にでも語りかけるかのような彼の睦言がくすぐったくて、不覚にもまた目が潤むのを止められなかった。涙を堪えるために何も言えずにいると、腕と先ほど叩かれた右頬に触れるだけの口付けを落とされた。

「どうしても…嫌?」

甘えた懇願の色が混じる声で、頼み込んでくるのを駄目だと切り捨てられるほど俺は強い物言いは出来なくて、紅覇殿の幼子のようなわがままを受け入れることにした。

「… わかり、…ました…」

腕をどけると部屋の灯りが、暫しだが暗闇の中にあった目にほんの少しだけしみた。二、三度のまばたきの後、視界に入った紅覇殿はこちらを見つめながら柔らかく微笑んでいて、心臓が大きく跳ねた気がした。

「また泣いてたんだ?昔から変わらないねぇ」

くすくすと笑いながら、細い指先がまた俺の涙をさらっていき、額と目尻に口付けられた。壊れ物を扱うように触れられるのがどうしようもなく照れくさくて、つい素っ気ない口をきいてしまう。

「っ…、はやく、してくださいよ…」
「あれえ?ずいぶん強気じゃん。いいのかなぁ、そんなこと言って…」

彼には俺の言葉がどうやら挑発的に聞こえたらしく、にやりと薄い唇が弧を描く。しまった、と思った時にはもう遅かった。舌なめずりをしながら彼は妖しく媚びるように笑っていた。

紅覇殿の白い手が、まだ萎えたままの俺の中心へと伸びる。彼の指が俺の欲に絡みついて、絞るように扱かれる。その光景になんだかいけないものを見ている気持ちにさせられて、また羞恥がじわりと湧いてきた。心臓の音が耳のすぐ側で聞こえているような錯覚に陥る。
次第にそれは熱を持ち始め、紅覇殿の指が触れるたび刺激に対する敏感さを増してゆく。こそばゆいような、けれど神経の隅々まで震えさせるこの感覚に上擦った声が出てしまう。

「…ん、っ ぁ…!」
「んん…っ中、締まったね…?」
「あ、ゃ…言 わな…で…っ!」
「かわいいよ」

紅覇殿の言葉に恥ずかしさが身体中を駆け巡り、顔を熱くさせた。明るい部屋で自分のすべてを暴かれているという事実が興奮と羞恥を一層かき立てる。後ろに先ほどよりも深く挿し込まれ、内壁をずりずりと擦り上げながらゆっくり奥を突かれた。もどかしい痺れに自然と腰が揺れる。前と後ろ両方から波のようにじわじわと打ち寄せる熱が、思考を溶かすように蝕んでいった。中を埋めるそれと触れ合う場所が溶けそうなほどに熱い。

「は、…!気持ちいいよ、おまえの中…!」
「あっ… ぁ、 ん…!」

じくじくと疼く粘膜に紅覇殿の猛りが突き立てられて、ぎりぎりのところで繋がっていた理性があっという間に千切れた。内に押し込めていた快楽が一気に全身へ迸る。



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