「はぁ…」

ため息をつくと幸せが逃げるぞ、と以前先輩パティシエの木吉さんに言われたことを思い出したが、今日の失敗を思うとため息をつかずにはいられなかった。
焼き菓子はスピードが命だが、ここへ来て三ヶ月、俺はシェフに指示された時間どおりに生地を焼き上げることが出来ないでいた。
今日もそのせいで追加分のクッキーを店に並べるのが遅れてしまい、シェフから怒られたばかりだった。厨房の後片付けをしながら、なんで俺はもう少し思い切りがよく物事を進められないのだろうと悩む。臆病な性格が災いしているのは分かっているけど、元来の性質はそう簡単に変えられるものではなく。腕や手指にある数々の火傷も日々の失敗を物語ったものだ。
同い年ながらも仕事が丁寧で手際のよい黒子や、俺よりすこし後に入ってきたがぐんぐん技術を吸収していく火神なども、より俺の落ち込みが増す原因だった。その二人が悪いのではない、ただ俺ができないだけ。でも、毎日同じように厳しく指導を受けたり頑張っているはずなのに、俺だけが何も結果を出せていない。やはりまだ俺は頑張りが足りないのだろうか。しかしながら自分の頑張りが目に見える形であらわれないということは精神的にとても応える。
沈んだ気分のままようやく片付けを終えた俺は、服を着替えるとごみ袋を持って店の裏口から出た。鍵を閉めてごみ袋をごみ置き場に捨てて、やっと帰路につけることになった。
まあ悩んでばかりいても解決はしないし、明日また頑張ろう。そう気持ちを切り替えて、帰ったら何を食べようかなと考えながら店の表側へ出てみたら、そこにはうちの常連さんであり、有名なフードライターの赤司さんが立っていた。彼は俺を見るなりにこりと穏やかな笑みを浮かべてこちらへ来ると、握手を求めてか左手を差し出してきた。

「やあ、君が降旗光樹君…だね?」
「へ!?は、はい…そうですけど…なんで、有名なあなたが、俺なんかに」
「君と話がしたくてね、このあと時間はあるかな?よかったらご飯でも一緒に食べながら」

流れで握手はしてしまったものの、有名であるはずの彼がなぜ、うちのシェフやもっと注目すべき先輩パティシエたちではなく、こんな下っ端の俺に話があるのか分からなかった。ていうかなんで名前まで知ってんの!?

「時間はありますけど…どうして、俺に?」
「君に個人的に興味がわいたからさ」
「は…はぁ…」
「いいかな?」

にこにこと感じの良さそうな笑みは、彼の整った顔立ちもあり、女性なら一発でオーケーしてしまうだろう破壊力を持っていた。さすがは世で騒がれるイケメンフードライターだ。しかしその裏には「この僕の誘いを断るなんてしないよね?」という無言の圧力があった。なにこれ、怖い。俺別になにも悪いことしてないのに。
彼の言うことすべてに突っ込みたかったが、精神的にも体力的にも疲れていた俺は、この誘いを二つ返事で承諾せざるを得なかった。

「は、はい…」
「じゃあ、行こうか。この近くに僕のよく行く美味しい店があるんだ」

機嫌が良さそうに足取り軽く夜の街並みを歩いていく赤司さんに、訳が分からないながら俺はついて行くことになってしまったのだった。



to be continued…?



ふと、見習いパティシエの降旗くんと近ごろ有名な人気イケメンフードライター赤司くんの恋物語とか読みたいなと思いついたので書きました




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