今の感覚に当てはまる表現があるとするならば、地に足がついていない。本来の意味合いと少々違うのだが、本当に、自分の体を固定しようという意志とは反対に足元がゆらゆらと揺らぐものだから、姿勢を保てないのだ。
姿勢が保てなければ立つことができないので、必然的に俺は寝そべるか座ることになる。目を瞑りながらも相変わらずふわふわとしていて、まるで海月にでもなった気分だ。…そうだ、これは水の中をたゆたう感覚と酷似しているんだ。試しに空気を切るように腕を振ってみると、泳ぐときと同じような重たい水を腕で押しのけて前に進んだような感触が腕に集中した。うん、これはいい。
適当な動きでもったりとした空気をかきながら、ゆっくりとその空間を渡っていく。腕が疲れれば流れに身を任せるように力を抜いた。仰向けになって浮かぶと、遥か遠くまで、目が痛くなるほど鮮やかな空色が抜けるように視界いっぱいに広がっていた。
明け方の朝日に照らされていた石英のように、様々な色の光を散らしながら、空はどんどん俺から遠ざかっていく。遠くなる光になぜか不安と寂しさを覚えて、どうにもならないことは分かっていたが必死に腕を伸ばす。義手となった俺の腕はもちろん何も掴めないまま、再び力なく下ろすだけになった。

幾分落胆した気持ちでふと後ろを振り返れば、今度はすべてを飲み込んでしまいそうな濁った闇がぽっかりと口を開けていた。
その闇に身の毛がよだつような恐怖を感じた。けれど闇は逃れようとする俺をあざ笑うように周りを取り囲む。このまま飲み込まれてしまうのか、と咄嗟に頭を抱え込むように身を丸めて本能的な防御姿勢を取ったところで、聞き慣れたあいつの声を耳が拾った。

―お前が運命を憎むなら、俺がその手を取ってやる―

なぜ。誰の助けも望めず、身内にすらこの手を振り払われ、己の無力さに絶望していた今、俺に救いの手を差し伸べてきたのはなぜ彼なんだ。
一方的に嫌悪し、触れられることさえ避けてきた彼に、俺の弱いところを一番見せたくない彼に、暗く染まった闇の魂たちに愛される彼に。皮肉にも俺は、この指先を伸ばし縋ろうしていた。


(引き裂かれそうな心を包んでくれたのは、優しい闇だったのです)


深海熱度




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