どうして俺は今こんなおかしな状況になっているのだろう。
俺、瀬名アラタは現在、部屋のベッドに仰向けになりながら、ルームメイトであり同じ小隊の仲間である星原ヒカルに押し倒されて、彼の余裕のなさそうな顔と、古きよき昭和の趣が存分に感じられる木造の天井とを交互に見つめていた。
明るさの抑えられた白熱電球のせいかヒカルの顔はかなり陰っているけれど、サファイアを思わせる瞳を縁取る金色のまつげが、まばたきのたびにきらきらと星の粉を散らすみたいに光を反射する様だけははっきりとわかる。

どうやら人は異質な状況下に置かれたとき、反応が二分化するらしい。状況について行けず、頭が情報を処理し切れなくなり慌てるか、あるいは現状を理解するのを放棄してしまい、全く関係のないことを妙に落ち着き払った頭で考えるか。要は現実逃避だ。今の俺は確実に後者だった。

そもそもどうしてこうなったんだっけ、と次第に焦り始めた頭で考えるけれど、汗で滑って開かないジャム瓶の蓋のように思考は空回りするばかりだ。思い出せ、たしかきっかけは…そう、最初はヒカルがベッドに寝そべってCCMをいじっていて、俺はヒカルのベッドの脇に置かれていたLマガを取ろうと手を伸ばした。でも手が届かなくて、もう少し腕を伸ばすために上体を傾けた拍子に体を支えていた左腕がバランスを崩し倒れてしまい、俺がヒカルに覆い被さる形になったのだ。慌てて俺は謝ったけれど、ヒカルは何も言わず不機嫌そうに起き上がり、固まったままの俺の肩を押してあっさりとベッドに沈み込ませてから「馬鹿だろう、君って」と失礼な一言をため息混じりに吐き出した。黙っていればそこそこなのに口を開くと台無しとはこいつのことを言うのだろう。
気付けば形勢は逆転していて、俺はヒカルの顔と天井をかわりばんこに見なければならなくなったというわけである。

「…んとに、馬鹿だ」

さっきから引き結ばれたままだった薄い唇からぽつりとこぼれた言葉を耳が拾う。
さすがに二度も馬鹿だなどと言われたら黙っていられない。言い返してやる、ともう一度ヒカルの顔を改めて見たら、泣きそうなのに無理やり笑っているような、くしゃりと滲んだサファイアブルーと視線が絡み合って、言おうとした文句は引っ込んでしまった。

「でも、そんな君をそういう目で見てる僕の方が、もっと馬鹿だ…!」

ヒカルの言葉の意味がわからず、また脳が回転を止める。そういう目ってどういう目だよ。なんでそんな切なそうな顔で俺を見てくるんだ。まずヒカルは何のために俺をベッドに押し倒したんだ。再び働きだした脳は次々に疑問を投げかけてきて、ヒカルに問い質したいのに、喉元で言いたいことが引っかかって声が出ない。俺はまとまらない頭のまま、ヒカルから降ってくる言葉をただ待つことになった。

「ここに来て初めて僕に話しかけてきたのはアラタだった。それがなんの偶然か同じクラスで、小隊も同じ。おまけに部屋まで」
「大して仲がいいわけでもないのにここまで一緒にされたら、普通うんざりするだろ」
「でも君は僕の態度が冷たいことも、なんにも気にしなかった。誰にでも人懐こいし、無理だと言われたこともしつこく諦めないし、友人のためとなれば自らの危険も顧みずに助けようとするお節介だし」

褒められてるのか貶されてるのかよくわからないヒカル言葉に、ああ、ヒカルは俺のことをそんな風に見ていたのかとぼんやり思う。

「だから勝手に目が追ってしまうのも、君が他の人間にへらへらと笑顔を振りまくのも、許せない」

端から聞けば自分勝手極まりないのだが、俺にはヒカルのそれが子供のわがままみたいに聞こえて、なぜだか胸がふんわりと暖まった。
俺だってヒカルのことを知ってる。普段はクールで何も興味がないみたいに見えるけど、ウォータイムのときは真剣な表情になること、たまに置いて行かれるけど遅いとか言う割にはちゃんと俺を待っててくれること、最初は全然そっけなかったけど、近頃はすこしずつ俺の話を聞いてくれるようになってきたこと。それを言おうと息を吸い込んだ瞬間、女性的とも言えるヒカルの顔が俺に近づいてきて、金の睫毛が揺れたのを視界の端で捉えてから、唇に柔らかなものが触れる感覚がした。
ヒカルにキスをされたんだと俺が気付いたのは、ヒカルの顔が離れてすこし経ってからだった。

「…好きだ」

俺の唇を塞いだヒカルのそれから紡がれたのは、ひどく在り来たりな三文字の言葉。切なげに細められた瞳が、縋るように俺を見て、その表情にじりと心臓が焦がされる。言葉の意味を咀嚼し終えて、顔と耳が一気に熱くなった。
今までの態度が嘘みたいな、驚くほど熱烈な気持ちを打ち明けられて、俺の頭は大混乱だ。羞恥、焦り、迷い、色んな気持ちがごちゃごちゃになって、鼻の奥がつんと独特の感覚になる。目尻に水分が滲むのがわかってさらに情けなさが増した。

「っアラタ…!?」
「あっ!?え、えと…!これは、… ごめ…っ」

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら言い訳するだけの俺に、ヒカルの綺麗な手が伸びてきて、力加減がわからないのかぎこちなく、けれどゆっくりと頭を撫でられた。

「…びっくりさせてごめん。でも、僕がアラタを好きなことは本当だから」
「ヒ、カル…」

最後に細長い指が俺の目尻を濡らす涙をぐいと拭ってから、ヒカルは俺の上からどいた。
もう消灯時間も過ぎてるし、今日は寝よう。そう言ってヒカルは何もなかったように俺から背を向ける。俺はその背中を見ながら、気付いたらヒカルの手首を掴んでいた。
俺に手首を掴まれ振り向いたヒカルが、期待や色々なものを込めた眼差しでじっと俺を見つめてくる。急に恥ずかしさが湧いてきて、言おうとしていたことが頭から吹き飛んでしまった。どうしよう。絶対今の俺は顔が真っ赤になっているだろうなあ。でも、ちゃんと伝えなくちゃ。ヒカルに俺の気持ちを分かってもらうために。指先で掴んだ腕を引き寄せて、今度はこちらから、色の白い頬にほんの少し触れるだけのキスをした。たったそれだけのことだけれど、心臓が大きな音をたてて指先が震える。こんなに勇気を消費したのは久しぶりかもしれない。
次は大きく息を吸い込んで、同じように震える喉から慎重に言葉を選んだ。

「俺も…ヒカルのこと、好き……だと、おもう」
「…〜っていうか、俺のは…ヒカルが言うようなやつか分かんねーけどっ…!」

我ながら告白というには拙すぎるし曖昧な単語の羅列だと思った。
けれど普段は顰められていることの方が多いヒカルの瞳が、驚きからかまん丸に開かれてぱちくりとまばたきを繰り返している。今のヒカルの表情はまさにぽかん、といった表現がぴったりだろう。すこしして俺の言葉をようやく飲み込んだのか、頬がみるみるうちに赤くなっていった。

「…それって、肯定的に捉えてもいいのか」
「へ、あ、う…うん…!」
「君が、僕と、… 恋人になるって意味で、…だよ?」

こいびと、と改めて具体的な単語を口に出されてまた頬が熱をもつ。でも俺だってヒカルにキスしたいと思った気持ちに嘘はない。
いつものように明るく頷くのはすこし憚られたから、ヒカルの目を見てゆっくり頷いた。深く澄んだサファイアブルーに体ごととらわれたようでたまらない。生まれて初めて、他人の瞳に映る自分を見た。

「ヒカルとなら、いい」
「…本当に?」

濃い青がすっと細まり、疑り深いのか、言い逃れさせないようにか、鋭く問いかけてくる。けれどそんなことは愚問だ。今度こそ力いっぱい頷いた。

「…ああ!もちろんだぜ!」

途端に、尖っていたブルーがやわらかくとろけたのがわかった。睫毛の光が瞳に映って、夜空に散らばる星を連想させる。あ、今のヒカルの表情、俺すげー好き。
どちらからともなく瞼を閉じて、お互いの暖かさを今までないほど近くに感じる。ゆっくりと唇同士が触れ合った。
深まっていく秋の夜の中で、俺とヒカルが二人だけの秘密を共有する日々が始まったことを、藍色の空を優しく照らす月だけが静かに教えていた。


ヒカアラ好きです、とても
アラタくんかわいすぎるしヒカルは美人なくせに性格に難ありででもアラタくんにはしっかりデレているところがたまりません




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