2月14日、我が煌帝国で「情人節」と呼ばれるこの日は、男性から好意を持っている女性へ花などを贈るのが一般的な風習だ。だからなのか城下町の市場がいつもより男性客で賑わっているように感じる。特に花屋は今日が稼ぎ時だろう。
しかしシンドリアは後から出来た国だからなのか、この日は女性から男性にチョコレートという変わった甘味を贈る風習が流行っているらしい。女性が腕によりをかけて作った菓子を男性に振る舞うとは、なんともかわいらしい行事だと思った。

そして俺はというと、今年はそのシンドリアの風習に則って、世話になっている姉や従者、義兄上たちなどにそのチョコレートとやらを振る舞おうと、朝から宮中の炊事場を借りている次第であった。
当然ながら此方では材料は手に入らないため、あらかじめシンドリアを出る前に市場で購入し、同時に作り方も教わっておいた。

作り方が書き記された紙に目を通し、まずチョコレートを包丁で細かく刻む。刻んだそれを器に移し、湯煎にかけて、木べらで混ぜながらゆっくり溶かした。するとチョコレートが持つ独特の甘く濃厚な香りが、瞬く間に炊事場の中を満たしていく。

「あれ、皇子…何か作ってらっしゃるんですか?甘い匂いがしますけど…甘味ですか?」

乳脂を火にかけて温めていたところで、聞き慣れた少し高めの声がして振り返る。暖簾からひょっこりと顔を出したのは姉上の従者であり眷属の青舜だった。俺も古くからの付き合いで、お互い気の置けない間柄だ。

「ああ。シンドリアで作り方を教わってきた甘味なんだ。チョコレート、というそうだ」
「ちょこ、れえと、ですか。変わった名前の甘味ですね」

聞き慣れない名前をたどたどしく反芻し、青舜はなるほどと興味深そうに頷く。そしてあ、と何かに気付いたようにつぶやいた。

「今日は情人節ですね」
「え、ああ…そうだな」

だから今こうして皆に振る舞うための甘味を作っているということは言わないことにする。青舜はその先を言いあぐねているのか、目線を泳がせながらあの、とかえっと、とか言葉を濁していたが、覚悟を決めたように薄い唇を結ぶと、炊事場の中へと足を踏み入れた。



そして充分に温まった乳脂を火からはずした俺の前へ来て、主に敬意を示すのと同じように恭しく手を組み膝をついた。

「…皇子、本来従者如きの私がこのような差し出がましいことなどしてはならないことは、重々承知しております。ですが、本日は情人節…男が好意を持つ者に対して、花を贈り気持ちを伝える日。この習わしに免じて、どうかお許しいただきたいのです。」
「私青舜は、白龍皇子。貴方様のことを、幼い頃よりずっと、お慕いしておりました。」

凛とした声でそう告げると、青舜は俺の手を取り、甲にそっと口付けを落とした。色素の薄い、冬の氷柱を思わせる瞳が此方をまっすぐに見つめる。その真摯な眼差しはほんの少しだけ熱を帯びていた。

「もちろん、この想いが叶うと思い上がってなどおりませんけれど…これからも、貴方様を想うことだけは、…どうか、許してほしいんです」

そして彼は寂しそうに笑った。
いつだって姉と共に俺の側にいて、俺が泣いている時もからかわずに優しくしてくれて。今でこそ背は追い抜いてしまったが、その背中が大きくて暖かかったことは片時も忘れたことなどなかった。

「すみません、なんだかいきなり…私の言いたかったことはこれだけなので。では」

俺が何も言わないのを拒絶だと受け取ったのか、青舜はくるりと背を向けてここから去ろうとする。その腕を俺は慌てて掴んで引き止めた。案の定青舜は驚いて目をしばたかせる。

「…自分の言いたいことだけを言って、逃げようとするな…」

何を言いたいかも纏まらない中で、俺はこの一言だけをなんとか絞り出した。

「あっ、す、すみません…!皇子の話も聞かずに去るなどなんたるぶれ…」

青舜が皆まで言い終わらない内に、俺は彼を引き寄せて口付けた。

「あ、の、おうじ」
「お前だけ俺に熱烈告白しておいて、俺の気持ちは無視か!?俺だって…お前のことが、…好き、な」

半分泣きながら怒鳴りつけたら、青舜は先ほどの仕返しとばかりに、俺の唇を文句ごと同じそれで優しく塞いだ。

「じゃあ、この花は、皇子が受け取ってくださいますか?」

そう言って、彼は手にしていた真っ白な百合の花を俺に差し出した。昔泣いていた俺に向けてくれた、やわらかな笑顔がそこにはあった。

「ああ」

チョコレートとは違う、上品な芳香が鼻腔をふんわりとくすぐって、俺も笑って頷いた。
チョコレートが出来上がったら、今日は一番に青舜に持って行くことにしよう、と思いながら。




バレンタイン記念に書きました
幼なじみな舜龍はとてもかわいいとおもいます!



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